かつて高度経済成長の渦中にあった1960年代、アンゾフの成長マトリクスは“企業成長”を論じるうえで画期的な戦略フレームでした。既存市場×既存製品での「市場浸透」から、新市場×新製品の「多角化」まで、市場が拡大し続けることを前提とした成長の4象限は、多くの企業にとって明確な方向性を示しました。
しかし、令和の今、その前提はもはや幻想です。人口減少、成熟産業の飽和、コモディティ化、そしてゼロサムゲーム化。もはや「どこで拡大するか」ではなく、「どこで勝ち残るか」が問われる時代に入りました。つまり、アンゾフが前提とした“成長余地の存在”そのものが、現在では希少なものになってきているのです。
このような現代において、アンゾフのマトリクスを単体で用いるのは危険です。例えば、成長マトリクスに従って「新市場開拓」を選んだとしても、その新市場に需要が本当に存在するか、競合優位を築けるかの検証がなければ、単なる“迷走”になりかねません。
本来、アンゾフのマトリクスは外部環境分析(PEST、5フォース)や内部資源分析(SWOT、VRIO)などの前提分析を経た“戦略選択の地図”に過ぎません。市場ライフサイクルや競争構造を踏まえずに“成長”を描こうとすれば、資源配分を誤り、むしろ競争力を損なうリスクが高まります。
では、この古典フレームを現代の戦略にどう活かすか?
ひとつの答えが、“縮小市場適応型アンゾフ”の発想です。例えば、
• 市場浸透: 自社のシェア維持ではなく「競合のシェア奪取」に重点を置く
• 市場開拓: 新市場というより「既存市場の再定義」や「隣接市場の深掘り」
• 製品開発: 差別化ではなく「選ばれる理由」の再構築(コスト、UX、サポートなど)
• 多角化: 不況耐性を高める“リスク分散”よりも、“強みの応用”による近接展開
つまり、“成長=拡大”ではなく、“成長=生存可能性の強化”として読み替えるのです。
フレームワークに時代が追いつかなくなったとき、私たちがやるべきは捨てることではなく、問いの立て直しと意味の再定義です。
縮小市場を生き抜くために、いまこそ「アンゾフの再構築」が求められています。
