医薬品ビジネスのための「戦略思考」が身につくblog

S.I Lab (戦略向上研究会)では、戦略によって製薬会社で働くMRの仕事を、より楽しくすることを目的にしています。

顕在化する課題をなぜ乗り越えられないのか?

「平均値の限界」や「p値ハッキング」の問題は、統計学者の間では何十年も前から議論されてきましたが、実務の現場(医学・生物学・経済学など)では依然として古典的な手法が支配的です。

なぜ「わかっているのに変われなかったのか」、そして「DSA普及の障壁となり得るか」について、「技術的要因」「制度的要因」「認知的要因」の3つの観点から分析し、DSA+DAGがそれをどう乗り越えようとしているか解説します。

*ミュートしています

1. なぜ古典的手法から脱却できなかったのか?

最大の理由は、「平均値」という概念が持つ圧倒的な「認知的・制度的な利便性」にあります。

「中心極限定理」の過剰な信仰(教育・認知的要因)

  • 理由: 統計教育において「サンプルサイズ(N)が大きければ、データは正規分布に近づく(中心極限定理)」と徹底的に教え込まれます。これにより、「データがどんな形であれ、Nさえ増やせば平均値と標準偏差で議論してよい」という思考停止が起きていました。
  • 実態: 現代のビッグデータや生物学的データは、複数のサブグループが混在する「多峰性」や、極端な値を含む「べき乗則」に従うことが多く、中心極限定理の前提が崩れているケースが多々あります。しかし、この前提を疑うコストが高すぎました。

「共通言語」としてのロックイン効果(制度的要因)

  • 理由: 論文の査読者、規制当局(FDA/PMDA)、製薬企業の間で、「t検定でp<0.05」が唯一の共通言語(通貨)になってしまいました。
  • 実態: 新しい手法(例えば分布解析)を使って「平均に差はないが、分布の形状が変化した」と主張しても、査読者から「なぜ普通の検定をしないのか?何か隠しているのではないか?」と疑われます。「間違っていても、みんなが使っている手法を使う方が安全(Safe Harbor)」という力学が働いていました。

「因果」への接続の難しさ(技術的要因)

  • 理由: 分布の形が変わったことを検出できても(DSA単体)、それが「なぜ起きたのか(因果)」を説明するのが困難でした。
  • 実態: 「分布が歪んだ」という事実だけではアクションに繋がりません。「Aという薬が、特定の遺伝子を持つサブグループ(分布の右端)にだけ効いたから歪んだ」という因果ストーリー(DAGとセットでなければ、意思決定に使えなかったのです。

2. これらはDSA普及の障害になり得るか?

結論:なり得ます。しかし、DSA+DAGはその壁を突破する設計になっています。

予想される障害と、DSA+DAGによる解決策は以下の通りです。

障害A:規制当局や査読者の保守性(「前例がない」の壁)

  • 懸念: 「AIが勝手に選んだ統計手法なんて信用できない」という反応。
  • DSA+DAGの対策:
  • Rationale(根拠)の生成: 単に結果を出すだけでなく、「なぜこの手法を選んだのか」という統計学的根拠を、教科書的な数式とロジックで出力します。これにより、査読者を「説得」するコストを肩代わりします。
  • White Box: ブラックボックスなAIではなく、DAG(因果グラフ)という人間が理解可能な形を経由することで、透明性を担保しています。

障害B:解釈の難易度(「平均値の方がわかりやすい」の壁)

  • 懸念: 「尖度(Kurtosis)が上がった」と言われても、直感的に意味がわからない。
  • DSA+DAGの対策:
  • 可視化と翻訳: 統計量をそのまま出すのではなく、「ハイレスポンダー(著効例)の集団が出現しました」「リスク層が分離しました」といった、ドメイン知識に基づいた言葉に翻訳して提示する機能が重要になります(今回のプレゼンで「分布理解の強化」を強調したのはそのためです)。

障害C:計算コストと実装の複雑さ

  • 懸念: 分布全体の形状比較やDAG探索は、単純な検定に比べて計算量が膨大。
  • DSA+DAGの対策:
  • 計算機の進化と量子技術: 近年の計算能力の向上(および将来的な量子アニーリングの活用)により、このボトルネックは解消されつつあります。かつては数日かかった計算が数分で終わるようになったことが、今このタイミングでDSAが出てきた技術的背景です。

まとめ

古典的手法から脱却できなかったのは、それが「科学的に正しいから」ではなく、「社会的に安全で楽だったから」です。

DSA+DAGの普及における最大の敵は、技術ではなく「人間の慣習」です。

この「慣習の壁」をどう崩すかが、今後のアプローチの核心になると考えられます。

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