SFA(営業支援システム)やCRM(顧客関係管理システム)は、「営業の効率化」「情報の一元化」「売上の最大化」など、さまざまな期待を背負って導入されてきました。
特に1990年代、バブル崩壊をきっかけに、それまでの“個人技に頼る営業”から“組織で支える営業”への転換が求められるようになり、SFA/CRMはその象徴的な取り組みとして脚光を浴びました。
「売れば売れる」時代の終焉
バブル期(1980年代後半)は、企業が営業活動において「属人的」かつ「感覚的」に行動しても、結果が出やすい成長環境でした。売れば売れる時代です。
しかし、バブル崩壊後は景気が急激に冷え込み、「努力=成果」ではなくなり、戦略や効率が求められるようになりました。
それまで“トップセールス”に依存していた企業も、売上確保のために営業活動を「再現性のある仕組み」に変える必要に迫られました。このとき登場したのがSFA(営業支援システム)やCRM(顧客管理)です。
③ ITの進化と接続
1990年代後半にはITインフラが整備され始め、データの蓄積と活用が現実的に可能となり、導入機運が高まりました。それから30年近くが経過した今でも、「導入したが活用されていない」「入力されない」「成果が見えない」、そうした声はいまだに多くの企業から聞こえてきます。
一体なぜ、ここまで時間とコストをかけたツールが“営業の武器”になり得ないのでしょうか。その本質的な問題に、いまこそ正面から向き合う必要があります。
SFA/CRMを「使えば成果が出る」は営業的にあり得ない
営業は顧客のニーズに対して製品を売り込んでいく仕事です。本社を営業、営業を顧客ととらえると、「なぜ使うのか?」が明確でないまま「とにかく入力しろ」では、価値が伝わらない=買ってもらえないという構造です。
これは、営業が顧客に対して「うちの製品、機能がすごいんです!」と一方的に語るのと同じで、相手(営業)のニーズや課題を理解せずに提案しても刺さらないのと全く同じです。営業は日々、提案力を試されるプロフェッショナルです。本社からの導入提案が、的確な課題設定や具体的なベネフィットを欠いたものであれば、その“営業力”はたちまち見透かされてしまいます。営業にとってSFA/CRMは、導入する本社から“営業されている商品”なのです。
そしてこの商品(SFA/CRM)を営業が“買う”かどうかは、
- 「自分の課題を解決するか?」
- 「自分の仕事を楽にするか?」
- 「自分の成果につながるか?」
すなわち、どんな得があるの、メリットは?が納得できている必要があるのです。
SFA/CRMは“箱”でしかありません
SFAやCRMはよく「箱」にたとえられます。
確かにその通りで、これはデータを格納し、共有し、活用するための仕組みです。
しかし、どれだけ高機能な箱であっても、「何を入れるか」「どう入れるか」が定義されていなければ、意味のある活用にはつながりません。
実際、多くの現場では「訪問した」「説明した」「資料を渡した」といった“結果の報告”が形式的に入力されているだけで、
・どんな仮説を立てて
・どのようなアプローチを行い
・顧客にどのような変化が見られたのか
といったプロセス情報や行動変容の兆しが記録されていないケースがほとんどです。
この状態でいくら分析を行っても、「なぜ成果が出たのか」「次にどうすべきか」といった最適解にはたどり着けません。
つまり、“箱”としての設計はされていても、“中身の構造”が設計されていないということです。
KPIは「動いた量」を測るだけの指標です
SFAの導入と同時に、KPI(Key Performance Indicator)の設定が進みました。
「訪問件数」「面談数」「提案数」「資料配布数」など、活動の量を数値化すること自体は悪いことではありません。
しかし、KPIはあくまで“事後的な活動の記録”にすぎず、「どのような文脈で行ったか」「それが顧客のどの段階に影響したか」までは捉えることができません。
結果、現場ではKPIが目的化し、「数字を埋めること」が仕事の中心になってしまいがちです。
つまり、「訪問すること」や「資料を出すこと」が目的になり、「顧客を動かすこと」が後回しになる構造に陥るのです。
KPIの達成をPlanとして繰り返しDoするだけでは、変化の兆しを捉えることはできません。それは、市場が拡大していた過去には通用しましたが、今のような変化が速くゼロサム化した市場では、効果が薄れているのです。
成果を生むのはKPIではなくKSFです
顧客の行動を変え、購買行動へと導くには、営業担当者が顧客の状況を読み取り、適切なタイミングで適切な提案を行う“個別最適化”が必要です。
そのときに鍵となるのが、KPIではなくKSF(Key Success Factor:成功要因)です。
KSFとは、「この商談が成功したのはなぜか」を紐解くための“プロセス要因”です。
たとえば、
・提案タイミングが顧客の課題と一致していた
・競合との差別化ポイントが響いた
・意思決定者の意見が変化した
といった“顧客の変化”や“勝ち筋の発見”を見出すものです。
こうした情報は、数値ではなくナラティブな文脈や営業の観察によって初めて蓄積されます。
そして、これこそが他社に模倣されにくい競争優位性の源泉となります。
標準化と個別最適化は対立します
SFA/CRMの活用がうまくいかない根本には、「本社が求める標準化」と「営業が必要とする個別最適化」の間にある構造的ジレンマがあります。
営業がまじめにデータを入力すればどんどん蓄積されビッグデータとなります。本社はビッグデータを分析し、トレンドやパターンを抽出し標準化しようとします。
それに対して営業は、目の前の一人ひとりの顧客に合わせて、柔軟に対応する個別最適化を求められています。
さらに、本社が導き出した「標準的な勝ちパターン」は、営業にとってはすでに“過去の話”であり、現場では役立たないことも多々あります。
行動変容プロセスを促す必要がある営業にとって、顧客の反応や空気感は日々刻々と変化しており、営業はその“変化の速度と幅”を肌感覚で追いかけています。
そのスピード感は、本社の分析や意思決定の数倍から十倍は速いといっても過言ではありません。
SFA/CRMは「売上を上げるツール」ではありません
忘れてはならないのは、SFAやCRMそのものが売上をつくるのではないということです。
それはあくまでも、「誰に・何を・どのように届けるか」という戦略があってこそ機能する“実行装置”です。
つまり、STP(セグメンテーション・ターゲティング・ポジショニング)戦略がなければ、SFA/CRMは動かないのです。
- どこの市場を狙うのか(Segmentation)
- どの顧客に集中するのか(Targeting)
- どのような価値を伝えるのか(Positioning)
この地図とコンパスがあってこそ、SFAは情報を蓄積し、KPI/KSFが紐づき、CRMが生きた関係性を築く道具になります。
逆に言えば、戦略不在のままツールだけが先行してしまうと、現場には“作業だけが増えるツール”としか映らないのです。
いま必要なのは、「再設計」ではなく「再定義」です
SFA/CRMは多くの企業にとって、“仕方なく使うもの”になってしまっています。
この状況を打開するには、必要なのは機能改善やトレーニングではありません。
必要なのは、そもそも「何のためにあるのか」を再定義することです。
営業の成果を支援するために、
顧客の変化を可視化するために、
戦略を実行に移すために。
この本質に立ち戻ることができれば、SFA/CRMはようやく「現場の味方」としての役割を果たせるようになるはずです。
まとめ
SFA/CRMが営業の武器にならなかったのは、営業が悪いからでも、本社が悪いからでもありません。
その間にある“思想のギャップ”が、いまだに埋められていないからです。
KPIだけを追っても売上は上がりません。
標準化を進めても、個別最適の積み重ねには勝てません。
SFA/CRMを“営業の武器”として生まれ変わらせるためには、STP戦略という地図と、箱ではなくコンパスとしての機能を与える必要があるのです。