AIは大量のデータを分析し、結論を導くことができるため、分析や意思決定のプロセスが業務の中心となる職種は、人からAIに置き換えられるリスクが高いと見られています。現在、多くの企業では本社部門がデータドリブンな意思決定を重視する一方で、コミュニケーション能力や対人スキルを持つ営業部門の人員削減を過剰に進めています。この現状は、企業が直面する「戦力の再配置の誤り」を象徴していると言えるでしょう。
AIが進化し、データ分析や意思決定のプロセスが自動化される一方で、現場での観察や人間関係の構築が求められる営業部門の役割が軽視されつつあります。営業担当者は、顧客との直接的な接触を通じて、数値データでは捉えきれないニーズや行動変容を観察する重要な役割を担っています。本社部門がデータ、分析、論理的推論を重視した「形式知」に基づくのに対し、営業部門は経験則や感覚に基づく「暗黙知」に依存し、市場の動向や顧客のニーズを観察的に理解し、柔軟に行動します。
特に医薬品業界では、認知から処方に至るまでのプロセスが多層的であり、営業担当者が顧客の行動変容プロセスの変化を観察的に捉える暗黙知によるマーケティングが競争優位の重要な要因となります。にもかかわらず、本社にマーケティング機能を集約し、営業部門を単なる実行部隊として扱う企業が多いのが現状です。しかし、AI時代においてはむしろ、戦略的意思決定を本社に集約し、マーケティング機能を営業部門に持たせるべき時代となりつつあります。
本社が戦略、営業がマーケティングを担うべき理由
1. AIがデータ分析を担う時代、本社の役割は戦略設計へ
AIの発展により、データの解析や市場動向の予測は自動化が進みつつあります。これにより、本社機能は「戦略の立案」に集中し、細かい市場対応は営業現場に委ねる体制が求められます。つまり、本社の役割は市場や競争環境の分析を基に、最適なSTP戦略を設計することに特化すべきです。
2. 医薬品市場の購買プロセスは観察的マーケティングが不可欠
消費財とは異なり、医薬品の認知から処方までのプロセスは多層的であり、単なるデータ分析では顧客の変化を捉えきれません。
- 医師の治療方針や処方傾向
- 病院・診療所の方針
- 競合薬との位置付け
- ガイドラインやエビデンスの影響
こうした要素は、営業担当者が医師や医療機関と対話し、直接観察することでしか得られません。本社のデータ分析だけでは拾いきれない「暗黙知」を活かすためにも、マーケティング機能を営業部門に持たせることが求められます。
3. 現場の動きに即応したDMAICサイクルの導入
行動変容プロセスの変化と幅が広い医薬品ビジネスでは、本社と営業担当者とではスピード感が5~10倍も異なると言われています。本社がデータを基に策定した戦略が、現場の状況に遅れるケースも少なくありません。適切なタイミングで戦術を調整できなければ、競争優位を維持することは難しくなります。
そこで、単なるPDCA(Plan, Do, Check, Act)による実行管理ではなく、分析を伴うDMAIC(Define, Measure, Analyze, Improve, Control)を営業部門に導入することで、戦略の精度と実効性を高めることができます。
- Define(定義):市場や競合の変化を営業現場が捉え、課題を特定します
- Measure(測定):ターゲット医師の行動変容プロセスを定量化します
- Analyze(分析):営業現場の観察知とデータを組み合わせ、戦略のズレや改善点を明確化します
- Improve(改善):最適なマーケティング施策を営業部門で迅速に適用します
- Control(管理):施策の効果を継続的にモニタリングし、最適なリソース配分を行います
営業部門が現場のデータを分析しながら、マーケティング施策を柔軟に調整することで、より機動的な競争戦略が可能になります。地域ごとの市場特性を反映し、リアルタイムでDMAICサイクルを回すことで、戦略の実行力と精度を同時に向上させることができるでしょう。
まとめ:営業部門を「実行者」ではなく「マーケター」に
従来の「本社でマーケティング、営業は実行」という構造は、AIの進化と医薬品市場の特性を考えると、もはや最適解とは言えません。
- 本社はAIを活用して市場の大枠を分析・設計する
- 営業部門が現場の観察情報をもとにマーケティングを実行し、戦術を最適化する
このような体制へ移行することで、より実効性の高いマーケティング活動が可能になります。営業部門を単なる「実行者」ではなく、「観察者・戦術家」としての役割を担わせることが、AI時代の新たな競争力を生み出す原動力となるでしょう。