競争市場では、競合他社とのシェア争いや価格戦略において「相手がどう出るか」を読み解くことは欠かせません。この戦略的思考の古典的モデルの一つが、ゲーム理論の「囚人のジレンマ」です。これをを安全保障に当てはめると、私たちが理想とする「非武装による平和」が抱える構造的な危うさが見えてきます。
1. 善意は「合理的判断」に勝てるのか
「こちらが武器を持たなければ、相手も攻撃する理由がなくなるはずだ」という主張は、一見すると道徳的で論理的に感じられます。しかし、ゲーム理論の枠組みでは、これは「自分が協力(黙秘)すれば、相手も必ず協力(黙秘)してくれる」という一方的な期待に近い状態です。
国家間の対立を2人ゲームに簡略化し、利得表(ペイオフ・マトリクス)で整理してみましょう。
| 日本の選択 \ 相手国の選択 | 攻撃しない(協力) | 攻撃する(裏切り) |
| 非武装(協力) | 日本:+2 / 相手:+2 | 日本:-10 / 相手:+5 |
| 武装(抑止) | 日本:+1 / 相手:+1 | 日本:-4 / 相手:-3 |
2. 「裏切りの誘惑(Temptation)」をどうコントロールするか
この表で注目すべきは、日本が「非武装」を選択した際の、相手国の利得です。
相手にとって、日本が非武装であれば攻撃のコストは最小となり、略奪や支配による利益が最大化(+5)されます。これをゲーム理論では「裏切りの誘惑」と呼びます。日本側の善意(非武装)が、皮肉にも相手にとっての「裏切るメリット」を最大化させてしまうのです。
一方で、日本が「武装」という選択肢を取るとどうなるでしょうか。相手が攻撃を仕掛けたとしても、反撃による損害や国際的なコストを支払うことになり、相手の利得はマイナス(-3)に転じます。
つまり、「武装」とは相手に平和を強いるのではなく、相手にとっての「攻撃という選択肢の価値」を失わせるための合理的なリスク管理に他なりません。
3. 「ジレンマ」を突破するための3つの戦略的アプローチ
では、この救いのない「裏切り合い」の構造を、どうすれば「持続可能な平和」へと昇華できるのでしょうか。囚人のジレンマを解くための手法は、そのまま現実の安全保障政策へと転用可能です。
- 「繰り返しゲーム」化による関係の固定
一回限りの取引(戦争)を損なものにするため、経済的相互依存や継続的な外交対話を行い、「次も付き合う必要がある」状態を作り出します。
- 監視可能性(情報の透明性)の向上
「裏切り」がすぐに露呈する環境を作ります。偵察や情報共有、査察枠組みの構築は、不意打ちのメリットを相殺します。
- 裏切りのコスト増大(抑止力の行使)
同盟の強化や制裁、防衛力の整備により、相手が「裏切った(攻撃した)際に得る利益」よりも「失うコスト」を大きくします。
結び:平和を「祈り」から「設計」へ
「非武装」は平和への意思表示(シグナル)にはなりますが、同時に相手の「裏切りの誘惑」を刺激するリスクを孕んでいます。
ビジネスにおけるリスクマネジメントと同様、安全保障もまた、相手の善意に依存するのではなく、相手が「裏切らない方が合理的だ」と判断する構造をいかに設計するかが鍵となります。リアリズムに基づいた平和の構築とは、感情論ではなく、極めて緻密なゲーム設計です。
