マーケットインの分かりやすい事例では希少疾患のように疾患はあるが治療薬がないマーケットをターゲットに製品を投入するケースです。

マーケティングが先行し製品が後追いする形です。

医薬品ビジネスでは製品開発が創薬にあたるかと思います。

希少疾患メーカーのビジネスプランニングのお手伝いをさせて頂いたことがあるのですが、生産量/売上目標のForecastの算出方法についてのご相談でした。

本来、マーケットインであれば対象患者数の推定による市場規模、自社のマーケットシェア、価格を予想して売上高が予想出来るはずなのですが、予めのマーケティングはそこまで詰められておらず、ロンチ後に自社の期待顧客の需要、新規顧客のポテンシャルなどから売上高を予測するPile Upによるマーケティングプランニングを行うというどちらかというとプロダクトアウトに近いアプローチでした。

実際にはプロダクトアウトかマーケットインどちらかに明確に分類し戦略プラン二ングを行うことは難しいでしょう。

自社の立ち位置と市場/顧客、競合他社を相対的に分析し戦略を立てることになるでしょう。

VUCAの時代と言われる現在のマーケティング戦略は高度化、複雑化しているのでしょうか?
確かに医薬品ビジネスは高度化、複雑化をしていますが、「戦略」という意味では本質的にはあまり大きく変化するものではないと考えています。

いかに医薬品ビジネスの環境変化が進んでも、変わらないのは競争市場で競合に勝つことに変わりはありません。

また環境変化においても業界全体の競争環境の変化なのか自社のみに起きる環境変化なのかは見極める必要があります。

外部環境の変化があっても自社の保有する資源は変わりません。

しかし強み弱みは相対的に変化するため、単なる特性から自社の強みへ、さらに自社だけの強みへ細分化することは競争市場において非常に大切な基本戦略です。

戦略の原理原則は変わらないとはいうものの最善の戦略は常に市場/顧客と競合によって相対的に決まるため常に変化していきます。

変化に対応するために柔軟で俊敏に意思決定するための標準化されたプロセスが必要です。

近年、注目されているマーケットイン型の市場アプローチですが、医薬品ビジネスでは基礎研究段階ではまず薬効のある候補物質をスクリーニングし、適応疾患を探索するというプロダクトアウトの要素が強く、非臨床試験以降にマーケットインの要素が高まるプロセスになることが多いように思います。

そのため一般的な消費材マーケティングほどの自由度はなく、限定的な戦略プランとなる傾向があります。

そしてそれらのバランスは市場/顧客ニーズと各製薬企業の技術力、経営資源量に左右されます。

市場/顧客のニーズと市場のライフサイクルのフェーズ、そして競合と自社の3Cによる相対的な戦略プラン二ングが求められます。

では医薬品ビジネスはマーケットイン型、あるいはプロダクトアウト型でしょうか?

それは新薬開発のプロセスを参照することで理解ができるかと思います。

基礎研究段階では可能性のある新しい物質(成分)の発見や化学的に創り出す研究により薬効のある候補物質がスクリーニングされる、新規標的分子と適応疾患の探索というシーズ開発型です。

そして非臨床試験以降の薬物の有効性や安全性を確認するフェーズからはニーズ開発型へと明確に転換します。

すなわち新製品を開発しマーケティング戦略により市場に投入しようとするプロダクトアウト型と、市場/顧客のニーズを探し出し、そのニーズに合った製品を開発するマーケットイン型の両方の側面を持ちます。

そしてそれらのバランスは市場/顧客ニーズと各製薬企業の技術力、経営資源量に左右されます。

そのため製品の発売後は、自社の状況に応じて製品自体の強みによる市場/顧客の開拓および拡大と合わせて市場/顧客ニーズに応える付加価値を創造するという高度なマーケティング戦略が必要になるわけです。

一般的な消費財マーケティングとは異なり極めて限局的なマーケティング戦略にならざるを得ない場合も少なくありません。

マーケットインについて触れたのでプロダクトアウトについても簡単に触れておきましょう。

プロダクトアウトは自社の強みを最大限に生かして企業側が作りたいものや企業方針に従って製品開発を行い、提供・販売していく考え方です。

予め市場/顧客のニーズが顕在化してはいませんが当たればブロックバスターも夢ではありません。

需要はあるがニーズはそこまで高まっていない疾病の治療薬が発売後にマーケティングによって顕在化していないニーズを掘り起こす事例は過去にもありました。

高脂血症や骨粗鬆症などの加齢や生活習慣に起因する疾患が効果的な治療薬の登場により臨床試験が進みガイドラインが策定され治療のスタンダードになるケースは記憶に新しいところです。

長期化・大規模化する医薬品開発に対応するため合従連衡による規模拡大の傾向にあった製薬業界ですが、低分子化合物をはじめとし、抗体医薬や核酸医薬、再生医療などの技術発展に伴い、希少疾患に対して医薬品を開発・提供するバイオベンチャーが登場しています。

希少疾患の治療薬開発は時間も費用もかかるうえ対象となる患者数が少ないため、これまで大手製薬企業は心血管疾患や糖尿病など患者数の多い疾患を中心に新薬を開発してきました。(対象患者数が5万人未満を希少疾患と定義)

近年ではバイオベンチャーであっても対象疾患の拡大を軸に成長するケースも存在し、大手企業やベンチャーキャピタルが開発資金を提供する動きも積極的です。

これらのビジネスモデルは最初にニーズありきで空白の治療領域に対して新薬を開発するマーケットイン型のマーケティング手法です。

しかし競争市場において、目の前に宝の山があるのに競合がみすみす見逃すわけはありません。

開発資金に乏しいベンチャー企業では臨床試験に十分な経営資源を避けないこともあり、適応取得の際に「○○に合併した症例」や「○○効果不十分例に」など、条件付き承認にとどまることも少なくありません。

資金力に勝る大手製薬企業がより幅広い適応を取得して後発市場参入されては、苦労して開拓した市場をみすみす奪われてしまいます。

容易に参入出来るということは競合においても同様ということです。

ブルーオーシャンを見つけたと思ってもすぐに干上がってしまう「真夏の水たまり」では持続的な成長をすることは出来ないでしょう。

市場ライフサイクルでは、新規性や画期性などの高付加価値により、競合不在の新規市場への参入や競合への圧倒的優位性を持っていた製品であっても、後発企業や同等以上の製品の参入によりコモディティ化します。

コモディティ化とは、市場参入時には高付加価値を持っていた製品の市場価値が低下し、一般化することです。

コモディティ化が起こると競合との差別化が困難となり、自社製品の特徴が薄れ、顧客にとっての選択基準が曖昧になります。

そしてコモディティ化した製品は一定量の需要は見込めますがやがて成熟期から衰退期を迎え需要の拡大が期待できなくなります。

医薬品ビジネスでは様々な法規制などで製品自体の特性による差別化が難しいために「付加価値」による差別化と潜在ニーズの掘り起こしで市場拡大を図る戦略プランが考えられます。

現在、多くの製薬企業は競合他社との差別化を図るために、どのように付加価値を付けるかを懸命に試行錯誤しているわけです。

さらに日本の製薬企業は、研究開発から製造、物流、マーケティング、営業と一気通貫したバリューチェーン機能を有しているため、カスタマー・ジャーニー、ペイシェント・ジャーニーの多くのフェーズでタッチポイントを持つことが出来る強みがあります。

重症化リスクが低い若年層にはワクチン接種に消極的な人が多いことから、接種を促すために各自治体が食事券や車が当たる抽選などの特典を設け接種率の向上に取り組んでいます。

車が当たるとは豪華特典ですね。

これらはワクチン接種を通じてQOLの改善などの顧客体験による戦略プランといえます。

また同時にデジタル技術を用いることでワクチン接種に簡単にアクセスできる環境整備も進めています。

すなわちこれらは現在のビジネストレンドの最先端である「DX」と「CX」です。

しかしビジネストレンドの最先端であってもマーケティングにおいて必ずしも強力な切札とは限りません。

なぜなら、「DX」と「CX」は市場ライフサイクルの成長が止まり、市場規模が縮小に転じる成熟期から衰退期の戦略プランだからです。

マーケティングの主戦場である製品そのものを中心とした戦略プランではなく、付加価値として顧客ニーズを掘り起こし市場を拡大するための対策です。

どんなに優れた製品であっても顧客ニーズが存在しない市場では売ることが出来ません。

成熟期から衰退期のフェーズでは既存市場のシェアをいかに維持/拡大するかが重要です。

製造業である医薬品ビジネスの主戦場は製品力です。

しかし市場ライフサイクルの成熟期から衰退期ではさらなる市場の拡大が期待できません。

そのため製品そのものではなくサービスなどソフトの面で価値を創造し提供することで顧客ニーズの拡大を図ります。

といはいえ主戦場は製品そのものであるため付加価値による市場の拡大は多くは期待できません。

ニッチ市場になるケースが多くなります。

ニッチ市場であるため全体市場を占拠するブルーオーシャンマーケティングでなければ意味を成しません。

競合が不在、もし競合が存在しても圧倒的な優位性で必ず勝てる状況である必要があります。

競合他社に対して競争優位であるかを知るためにヴァリューチェーン(VC)分析とVRIO分析を活用しましょう。

競合他社と同じDXプロバイダーやシステム、同じコンサルティングファームの場合は本当に優位性が得られているか確認してみてください。

今日ではデジタル技術の活用により新しいビジネスを生み出したり、業務プロセスを革新したりするDXの推進や、UXや顧客満足など、製品・サービスを通して顧客が受け取る価値の最大化のためにCXを推進する製薬企業が増えています。

ではなぜ、製薬企業はこぞってDXやCXを取り入れるのでしょうか?

様々な法規制や新型コロナウイルスにより顧客との面会機会が減少することでコミュニケーションの形が変わるなどの影響を受けていることも要因です。

しかしさらに大きな影響要因は景気後退による市場の縮小、すなわち市場ライフサイクルが成長期を終えて成熟期から衰退期へとフェイズが移ったからです。

飽和期ではさらなる市場拡大が期待できないために『多様な顧客ニーズ』に対応し潜在市場を掘り起こすことで新たな市場を開拓する必要があります。

また、製品そのものへの顧客ニーズは既に満たされているため、製品でなくサービスなどのソフトによる販売革新を行うことで価値提供を行おうと試みます。

情報提供のコミニュケーションチャネルのデジタル化など、『DX推進』によって『価値提供』などです。

これらは多くの製薬企業が既に取り組んでいるため、コモディティ化することで差別化がしづらく競合に対して競争優位性を得ることが難しい状況です。

さらに競合に優位性を得ることができたとしても、その市場規模は僅かなものです。

また、当初は付加価値や潜在的なニーズに対するブルーオーシャン戦略が成立してもライフサイクルが進めばいずれ競合が参入しレッドオーシャンとなる可能性が高いでしょう。

小さな市場に多くの競合が参入する状況になればそれこそレッドオーシャンにおけるレッドオーシャンとなってしまいます。

僅かな新規市場に経営資源を投入するか、それとも既存市場に経営資源を投入することで占有率を高めるか。

あなたならどちらの戦略を選択するでしょうか?