昨年、MSD「ジャヌビア」が後発品承認の沢井を提訴したことが話題になりました。ジャヌビア錠(一般名:シタグリプチンリン酸塩水和物)」は、日本初のDPP4阻害薬として2009年に承認・発売され、10年以上に渡り2型糖尿病治療に貢献してきた医薬品です。

少し古い事例になりますが、DPP4阻害薬はMSDのジャヌビアを初め、ノバルティスファーマのエクア、武田薬品のネシーナが激しい競争を繰り広げました。

この先発の3製品はその効果の優劣を競うプロモーションを展開しました。一方で4番目に発売されたNBIのトラゼンタは効果ではなく、簡便さと認容性を中心にプロモーションを行いました。その結果、先発の3製品は次第に1製品に絞り込まれ、DPP4阻害薬市場は徐々に、ジャヌビアとトラゼンタの2強型競争市場になりました。

この事例はゲーム理論、特に「位置づけのゲーム」や「差別化競争」の観点から非常に興味深い分析が可能です。

最初の3つのDPP4阻害薬が市場に投入された際、それぞれが「新規作用機序」という共通の利点を持っていました。この段階で、各企業は効果の優劣を競うことに注力し、お互いを凌ぐことで市場の支配を目指しました。このような戦略はゲーム理論で「ホットリングモデル」や「ブランディング競争」に類似しています。企業は互いに似た特性を競い合うため、消費者から見て製品間の選択が困難になることがあります。

4番目に市場に投入されたトラゼンタは、既存の競争軸である効果ではなく、用法の簡便さや副作用の少なさ(認容性)を強調することで差別化を図りました。これはゲーム理論の「差別化戦略」や「ブルーオーシャン戦略」に相当し、競争の激しい市場で新しいニッチを見つけることで顧客の新しいセグメントを開拓しました。

すなわち、初期の3製品が互いに似通った競争をしている間に、4番目の製品は異なる属性で顧客の注意を引き、市場シェアを確保することに成功しました。結果として市場は、効果を重視する1つの製品と、簡便さ・認容性を重視する製品という、二強型の市場構造へと移行しました。これは「二項市場」や「デュオポリー市場」と呼ばれる状況で、2つの強力なブランドが市場を二分する形になります。

この事例は、市場における戦略的な差別化がどのように競争の構造を変え、企業にとって有利な位置を確保するかを示す良い事例と言えるでしょう。また、消費者の選好が多様であることを利用した差別化が、結果的にはより持続可能な市場シェアを築く大きな要因であることを教示しています。

優劣を競うことを差別化と誤解しているマーケティング担当者が散見されますが、差別化とは独自の価値を創出し、それを明確に伝えるプロセスです。