新型コロナは5類感染症となり、最近では報道でもほとんど取り上げられなくなりました。一方で、インフルエンザの猛威と帯状疱疹ウイルスの「流行」「医療ひっ迫の懸念」というニュースは相変わらず続いており、品物が変っただけのように見えます。
多くの方が抱くのは、新型コロナは「本当に落ち着いたのか? それとも“扱い方”だけ変えたのか?」というモヤモヤではないでしょうか。
この違和感は、DSA+DAGの視点で整理すると、とてもクリアになります。
「騒がれていない=危険ではない」という誤った世界観
私たちが日々目にしているのは、
- 報道量(ニュースの露出)
- 公表される数字(新規感染者数など)
といった“見える指標”です。
DAG(因果グラフ)で描くと、これは
- 政策レベル(2類相当か5類か)
- 監視の設計(全数把握か、定点把握か)
- 検査行動(無料か、自己負担か)
といった「上流の決定」によって大きく左右される“子ノード”にすぎません。
実際の影響、
- 医療ひっ迫(病床・救急の逼迫度)
- 健康リスク(特に高齢者・基礎疾患患者)
- 経済・社会コスト(教育・雇用・メンタルなど)
は、別のノードとして存在しています。
にもかかわらず、「テレビで聞かなくなった=問題も小さくなった」と解釈してしまうのは、因果構造を潰して、ひとつの数字に還元してしまう二元論だと言えます。
DSA視点:リスクは「平均」ではなく「分布構造」で見る
5類移行後のコロナは、「平均的には」致死率や重症化率が下がったのは事実です。しかしDSA的には、ここで重要なのは分布の形がどう変わったかです。
- 若年・健常者:多くは「ほぼ風邪〜インフル相当」のゾーン
- 高齢者・基礎疾患あり:依然として“太くて重い尾”を持つリスク帯
つまり、「全体の平均リスクは下がった」が、「リスクの重心は特定セグメントに集中している」構造になっています。
これはビジネスで言えば、総売上は横ばいでも、利益の大半が特定顧客に偏っている状態に近いでしょう。
コロナは「インフルの箱」に“構造を変えないまま”入れられた
政策的には、インフルとコロナを同じ5類枠に入れ、同じルール(定点把握・ワクチン推奨・季節流行のモニタリング)で回す判断がなされました。
これは、
- 「感染者数をとにかく減らす」から
- 「医療ひっ迫を抑えつつ、社会・経済を止めない」
という目的関数の切り替えです。
ウイルスの“性質”がインフル並みに完全におとなしくなったからではなく、制御のフレームワークを共通化したと見る方が、DAG的には実態に近いのではないでしょうか。
ビジネスへの示唆:見える数字と、本当の構造を分けて考える
この構造は、そのままビジネスにも当てはまります。
- 売上が上がった/下がった
- KPIが達成できた/できなかった
といった“表に出る数字”だけを追うと、「テレビで騒がれていないから大丈夫」と同じ罠にはまります。
本来見るべきは、
- どのセグメントで、どの指標が、どのような分布を描いているか(DSA)
- その分布を形づくっている因果のつながりは何か(DAG)
という構造そのものです。
コロナ5類化の違和感は、「見せ方」と「実態の構造」のズレから生じています。
同じことは市場でも組織でも起きています。だからこそ、DSA+DAGのように、
「見えている数字」と「背後にある構造」を切り分けて捉える道具
を持てるかどうかが、これからの経営・戦略にとって決定的な差になるのではないかと感じています。
