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多くの医療ガイドラインに共通する特徴があります。それは、「平均的集団に対する、集団最適の近似解」を提示しているという点です。そして、その一律性に違和感を覚える人は少なくありません。
ただ、この一律性は現場の硬直や想像力の欠如によるものではありません。もっと根深いところに原因があります。標準的な統計手法そのものが、平均的集団に対する最適解を求めるために設計されているからです。

臨床研究やビジネス分析で用いられる統計手法の多くは、平均差や回帰係数、ハザード比といった「集団の中心」を代表する指標を推定します。推定はたいてい「全体の誤差を最小化」する形(最小二乗や最尤)で進むため、裾野にいる少数派や反応の異質性は、数の力で平均の中に吸収されがちです。
RCT(無作為化比較試験)も同様で、交絡を排除する強力な枠組みである一方、設計思想としては「平均との差」を検出するように最適化されています。主要評価項目は絞られ、検出力計算も平均差前提で行われる。つまり研究の入り口から「平均を見る」方向に寄っているのです。ガイドラインがその証拠を集約して作られる以上、必然的に“平均の医療”になります。

ここで問題になるのが、「集団最適」と「個人最適」は一致しない、という事実です。
集団としてイベントが減少することと、目の前の一人にとって利益が上回ることは別の問いです。効果が大きい層、ほとんど変わらない層、害が大きい層が混在していても、統計的には「平均で有効」と表現できてしまう。これが、一律介入への違和感の正体です。

そして、違和感はそこで終わりません。むしろ重要なのはここからです。この種のガイドラインは、頻繁に改訂されます。なぜか。ガイドラインは“真理”ではなく、“暫定的な意思決定ルール”だからです。
その時点で入手可能なエビデンス、社会状況、医療資源、そして合意形成――それらを元にした「暫定解」にすぎません。暫定解である以上、環境が変わればズレが生じ、更新が必要になります。

改訂の引き金は、単に「新しい論文が出たから」だけではありません。もちろん、新しいRCTやメタ解析、リアルワールドデータ、追跡期間の延長によって、初期には見えなかった効果減弱や副作用、層別の差が見えてくることは大きい。しかしそれと同じくらい重要なのは、“平均的集団”そのものが社会とともに動くという点です。高齢化、併存疾患の増加、生活習慣や医療アクセスの変化――要するに対象集団の「分布」がドリフトします。分布が変われば、同じ統計手法でも導かれる「最適な平均」は変わります。改訂とは、ある意味で分布のドリフトに対する再調整でもあります。

現場で起きることはさらに示唆的です。一律目標や一律介入を続けると、効果の頭打ち、副作用や過剰介入、現場の疲弊といった「実装段階での歪み」が顕在化します。ガイドラインは最初から例外を無限に書けないため、実装のズレは後追いで表面化し、次の改訂を強く駆動します。
実際、日本高血圧学会のGL2025では、降圧目標を130/80mmHg未満に一本化しつつ、血圧管理のためのスマートフォンアプリ介入を推奨文として加え、ただし長期効果(6カ月以降)のエビデンスは不十分という但し書きも併記しています。

日本高血圧学会は今年

ここには、「一律の目標値で標準化しながら、実装の限界をデジタルで補う」という、現代のガイドラインの性格が凝縮されています。

この構造は医療に限りません。
企業経営でも「平均顧客」「平均社員」「平均KPI」を前提にした戦略は、管理を容易にし、説明責任にも耐えやすい。一方で市場が成熟し、競争がゼロサム化するほど、平均に最適化された戦略は限界を露呈します。伸びている顧客層と離脱している顧客層、成果を出す現場と停滞する現場が同時に存在していても、平均指標では「問題なし」と判断され得るからです。
その結果、企業のルールや評価制度も、ガイドラインと同じように改訂され続けます。改訂が多いのは、現場がブレているからではなく、「平均に寄せた暫定解で複雑な現実を制御しようとしている限界」が正直に露出しているからです。

誤解してはいけないのは、標準統計やガイドラインが「間違っている」わけではないという点です。再現性があり、説明が単純で、監査にも耐える――これは社会実装に必須の価値です。問題は、それを個別最適の答えとして扱ってしまうことにあります。
本来、ガイドラインや標準戦略は「考えることをやめるための答え」ではなく、「考え始めるための起点」であるべきです。平均を見ることは必要です。しかしそこで止まらず、分布を見る。どの層が動いているのか、どこで二極化が起きているのか。そして、なぜその違いが生じるのかという因果構造に目を向ける。この一段の思考が、個別最適化と競争優位を生みます。

「一律であること」は安心を与えますが、「構造を無視すること」は静かなリスクを蓄積します。
平均に従うか、構造を読み解くか。
ガイドライン医療でも、ビジネス戦略でも、いま問われているのはその選択です。

そして、その“次の一手”は、精神論ではなく方法論として持てます。平均値の比較に留まらず、分布のどこで何が起きているのか(構造)を捉え、さらになぜ起きているのか(因果)を整理して介入設計へ落とす。
この「平均→構造」「結果→因果」への意思決定アップグレードを、分析モジュールとして具体化するアプローチが DSA+DAG です。