近年、営業部門を中心とした人員削減を繰り返す製薬企業が増えています。財務の視点から見れば、一見合理的な判断にも思えます。しかし、その裏に潜む構造的な問題に目を向けると、これらの企業が負のスパイラルに陥っている可能性が高いことが見えてきます。
製薬業界は、薬機法・薬価制度・適応症・ガイドラインといった厳格な制度により差別化が難しく、もともと「同質化しやすい」を余儀なくされる業界です。さらに近年はDXの波が押し寄せ、どの企業も同じようにビッグデータを用いて、同じような意思決定プロセスを行い、同じような営業戦略にたどり着く、“誰がやっても同じ”という均質化競争が進行することで、自ら厳しい競争環境を招き、究極のレッドオーシャンを作り上げています。
このような環境では、営業活動の成果が得られなくなり、「営業は非効率」「コストに見合わない」との認識が広がります。そしてその結果、真っ先に手をつけられるのが営業部門の人員削減です。ところが、人員削減による戦力量の低下によって再び売上が減少し、生産性もさらに低下します。これがまた次の削減判断を呼び、企業は自ら競争力を削る悪循環に陥っていきます。
このように、「営業が機能しない → 人員削減 → さらに成果が出ない → さらなる削減」というループに入ってしまうと、構造的に回復が難しくなります。人員削減は一時的に財務指標を改善させるかもしれませんが、中長期的には競争力の基盤そのものを崩している可能性が高いのです。
このスパイラルの原因はどこにあるのか。
営業力強化のためにスキルアップのための研修やDX推進を行う、対処療法的な部分最適では改善することはできません。余分な経費がかさむだけです。営業成果が出にくくなっているのは、市場の構造的な同質化や差別化困難な環境が原因であり、営業個人の能力や努力不足ではありません。営業部門は本社が推し進める「差別化の無効化」施策に従い活動しただけです。しかしそれを見極めず、「営業の生産性が低い=人員削減すべき」と短絡的に判断した経営層の責任は大きいでしょう。
本来、経営層が担うべきは、「どの市場で、どの武器で、どのように戦うか」という戦略的判断です。ところが、実際にはその根幹を見直すことなく、DXや標準化に流され、他社と同じ土俵・同じ戦術での勝負に終始してしまっています。これでは、差別化による競争優位性が得られるどころか、企業独自の勝ち筋すら見えなくなってしまいます。
「同質化の中でどう戦うか」「自社が選ぶべき競争領域はどこか」という根本的な戦略設計を怠り、他社と同じ分析・同じ行動を繰り返すことで、差別化の機会を放棄したといえます。
繰り返される人員削減は、企業の体力を削ぐだけでなく、組織文化や現場の士気をも蝕みます。そして何より、それを導いているのが、戦略を描けていない経営層の判断であるならば、本当に見直すべきは「現場」ではなく「経営」そのものかもしれません。
主要製薬企業の人員削減事例
1. 塩野義製薬
2023年度に単体ベースで13.9%(341人)の人員削減を実施。同社は「特別早期退職プログラム」を実施し、約200人の募集に対して301人が応募した。過去10年間の推移を見ると、2013年度と比較して従業員数は49.3%(2061人)減少しており、ほぼ半減している状況だ。
2. 参天製薬
2023年度に単体ベースで7.2%(131人)減少。人数を定めず早期退職者を募集し、180人の応募があった。連結ベースでは9.7%(400人)減少しており、米国事業の合理化も影響している。
3. 中外製薬
2023年度に単体ベースで3.9%(200人)減少。早期退職を実施し、374人の応募があった。
4. アステラス製薬
2023年度に単体ベースで1.3%(61人)減少。500人規模の応募を想定して早期退職を募集した。2018年3月末時点で2400人いたMRを2023年8月までに半分に削減し、さらに2024年3月末にも早期退職で多くのMRが会社を去った。
5. 住友ファーマ
連結ベースで20.3%(1270人)減少。米国での人員削減が主因とされている。2年連続の大幅赤字の中で、事業構造改革とともに700人規模の削減を実施した。2024年も国内で人員削減を行う可能性に言及している。
6. 武田薬品工業
2024年3月期決算発表の場で、2025年3月期に1400億円を事業構造再編費用に投じることを発表。クリストフ・ウェバー社長CEO就任以来、頻繁にリストラが行われており、2024年8月には国内でのリストラが公表された。単体ベースでは2023年度に4.8%(261人)増加しているが、2024年度以降は複数年にわたる人員の最適化を含む事業構造再編を行う方針を明らかにしている。
7. 協和キリン
2025年5月7日に早期退職制度の導入を発表。対象は40歳以上、勤続3年以上で、募集人数は「特に定めず」としている。2024年にも同様の制度を導入しており、今回が第二弾となる。単体ベースでは2023年度に2.0%(80人)増加していたが、2024年7月から8月にかけて希望退職者募集の実施が公表された。
8. MSD(日本法人)
2024年7月までに希望退職者募集の実施を公表。55歳以上、勤続1年以上(ワクチンファーマ営業部門)を対象に約100人の募集を行い、退職日は2025年3月末としている。2023年6月に日本法人で約200人の人員削減を発表し、対象は営業部門の社員で、MRの数は約1000人から800人に減少した。
9. トーアエイヨー
2024年に希望退職者募集を実施。勤続3年以上(生産部、信頼性保証部は対象外)を対象に約100人を募集し、退職日は2024年11月末としている。
10. 田辺三菱製薬
2024年に希望退職者募集を実施。45歳以上、勤続5年以上を対象に人数を定めずに募集し、退職日は2024年12月末としている。
企業規模別に見る再編の特徴
人員削減の動きは企業規模によって異なる特徴を見せている:
大手企業:アステラス、武田、塩野義、住友ファーマなど、世界市場を視野に入れた企業群では、営業部門中心にスリム化が進んでいる。組織内で特定領域のスペシャリストやグローバル人材に重点が置かれる傾向がある。
中小企業:富士製薬工業、JCRファーマなど、ニッチ市場に強みを持つ企業ではむしろ人員増加傾向が見られる。特に配置薬や希少疾病薬など需要が安定している分野では、採用強化が行われている。
このように、製薬業界の人員削減は「一律の削減」ではなく、「構造的再編」の性格が強い。
