2025年3月期の決算に合わせて、製薬企業各社が中期経営計画を発表しました。売上高や営業利益、ROEといった財務目標は例年どおり明記されています。そして、グローバル展開や研究開発の重点領域も語られています。

しかし、多くの中計において欠けているものがあります。それが「営業戦略」です。

売上目標はある。売る製品の方向性も示されている。けれど、「どうやって売るのか」「誰に何を、どう届けるのか」という販売戦略や営業体制に関する記述は、ほとんどの企業で見当たりません


戦術だけが並ぶ“中計あるある”

唯一、営業施策に踏み込んだのはツムラでした。eプロモーションの拡充や、医師との双方向コミュニケーション、MR教育強化のための「漢方マイスター制度」など、具体的な取り組みが明記されています。

しかしそれらは、あくまでも手段であり、「戦術」にとどまります。

たとえば、

  • 「どの市場を優先するか(セグメンテーション)」
  • 「誰を主要ターゲットとするのか(ターゲティング)」
  • 「どのような価値で競争優位を築くのか(ポジショニング)」

といったSTPに基づく戦略的思考。つまり「選択」と「集中」を伴う意思決定は、ツムラを含め、ほぼどの中計からも読み取ることができません。


戦略と戦術のすれ違い

戦術とは “How(どのように実行するか)” を示すものであり、戦略とは “Where(どこで)”、“Who(誰に)”、“What(何を)” を決める意思決定です。具体的に言えば、eプロモーションは「How=戦術」にあたります。重要なのは、「どのターゲットに、どのようなメッセージを届けるか」を明確にしたうえで、その手段として「eプロモーションが最適かどうか」を判断することです。もしそこが曖昧なまま手段だけが先行すれば、それは単なる施策の羅列に過ぎません。

中期経営計画は本来、「今後の方向性」を社内外に明示するものです。そこに戦略的な選択が含まれていなければ、現場は「何を優先すればいいのか」が分からず、ただ数値目標に追われることになります。


戦略なき中計が生む2つの弊害

  1. 営業現場が迷走する
     リソースを集中すべきターゲットや優先順位が明示されないことで、営業は広く浅く動かざるを得ません。結果としてリソースが分散し、費用対効果は低下します。
  2. KPIが機能しなくなる
     戦略が不在の中で設定されたKPIは、成果との因果関係が不明瞭です。「やったこと」は数値化できても、「なぜ成果につながったか」が語れません。

本当に必要なのは、「営業体制の再構築」ではなく「戦略の再設計」

国内医薬品市場は縮小傾向にあり、もはや“みんなで売れば売れる”時代ではありません。むしろ、「誰に集中するか」「何を捨てるか」を明確に定め、限られた営業リソースを戦略的に投入する必要があります。

それにも関わらず、多くの中計は、営業戦略を語ることなく「研究開発」と「財務目標」だけを軸に置いています。それでは、営業部門の生産性をどう最大化するのかという問いに答えることはできません。


まとめ:中計は“願望”ではなく“意思”であるべき

中期経営計画は、単なる数字の羅列ではありません。企業が「どこで、どう勝つか」を意思として示す場です。

それは、戦術を整えることではなく、戦略を言語化することです。戦略があって初めて、戦術は意味を持ちます。

中計という公式文書において、戦略が言語化されていないままでは、現場や投資家には伝わらず、結果的に“戦術だけが並ぶ空疎な計画”という印象を与えてしまうのです。

製薬業界では、これまで「努力すれば成果が出る」という前提のもとで、セールスやマーケティング活動が展開されてきました。しかし、制度に強く依存するビジネス構造の中では、努力が必ずしも報われるとは限らない現実に直面しています。そのため、社員一人ひとりが、自らの存在意義に疑問を抱き始める状況が生まれています。


存在意義の危機は、行動の質と組織の活力に直接的な影響を与えます。
「自分たちが本当に必要とされているのか」という不安は、目に見えない形でモチベーションを低下させ、無駄な施策の量産や、過剰な自己正当化行動へとつながります。


組織としては前向きな施策を打っているつもりでも、実際には成果に結びつかない「自家発電型の仕事」が増えていくのです。
このような状況下では、施策の数を増やしても効果は出にくくなります。
なぜなら、施策そのものが本質的な課題解決ではなく、「何かをしている自分たち」を守るために行われているからです。

本来ならリターンを見込めない市場へのリソース投入や、効果検証を伴わない施策の連発は、かえって組織の疲弊を招くだけです。
さらに深刻なのは、この自己崩壊が静かに進行してしまう点です。
表面上は忙しく業務が回っているように見えても、組織の内部では「何のために働いているのか」という根源的な問いに答えられない空気が広がっていきます。


それは、結果として優秀な人材の流出や、組織全体の競争力低下を招くリスクに直結します。
この悪循環を断ち切るためには、「何をすれば成果に直結するのか」を、組織として冷静に再定義する必要があります。努力を可視化するだけではなく、努力の方向性が正しいか、効果が得られるかを戦略的に検証し続けることが求められるのです。


存在意義の危機は、放置すれば組織全体を静かに蝕みます。しかし、正しい戦略と共通認識のもとで行動できれば、逆に大きな飛躍のきっかけにもなり得ます。だからこそ、今、私たちは存在意義を再確認し、行動の質を根本から問い直すべき時に来ているのです。

製薬業界に限らず、多くの企業が毎年発表する中期経営計画ですが、そこには、売上目標や利益目標、研究開発投資額などが明確に記されています。
一方で、「営業戦略」や「市場選択」、「ターゲットの絞り込み」といった、戦略的意思決定に関する記述がほとんど見られないというのが現状です。

「公表していないだけ」なのか?

戦略とは“敵には明かせない情報”です。市場でのポジショニング、ターゲティングの方針、資源配分の意思決定など、競合に知られることは企業にとってリスクです。
そのため、「あえて戦略は書かない」という判断自体は、合理的に見えます。

しかし問題は、それが“非公開の意図”によるものなのか、“未整理”によるものなのかが見えない点です。多くの中計を読んでいて感じるのは、

  • 「抽象的な表現に終始している」
  • 「戦術レベルの取り組みだけが並んでいる」
  • 「“選ばない”という意思決定が見えない」

といった傾向が非常に多いということ。これは単に公表していないのではなく、そもそも戦略そのものが曖昧である可能性を強く示唆しています。


本当に戦略がある企業は、表現の仕方が違う

戦略を外部に漏らさずに、中計としても示している企業は存在します。たとえば以下のような表現です。

  • 「国内市場は守りに徹し、新興国市場に重点投資」
  • 「低収益品群は段階的に撤退し、高シェア製品への集中を進める」
  • 「ターゲット施設数を前年比80%に絞り、単位施設あたり活動密度を2倍にする」

これは一見ぼかしているように見えて、明確な意思決定(選択と集中)が読み取れます。

つまり、戦略を語らずに戦略を示すことは可能なのです。
しかし、多くの中計からはそれらを読み取ることがでいません。


中計は“社内外へのメッセージ”である

戦略を競合に伏せることは合理的ですが、社内や投資家にすら方向性が伝わらないようでは、本来の中計の役割を果たしていないとも言えます。

つまり、

「戦略は語るべきではない」ではなく、「語らずとも伝わるように工夫すべき」
というのが、これからの中期経営計画に求められる姿勢です。


まとめ:語られていない戦略は、存在しないのと同じ

たとえ社内で戦略が存在していたとしても、それが見える形で共有されていなければ、現場は動けず、投資家は納得せず、社外は信頼しません。

本当に“戦略を持っている”というのであれば、それを「見せずに伝える」工夫を、中計という公の文書の中でこそ試されるべきです。