COVID-19のパンデミックは、製薬業界に大きな変革を迫りました。対面での情報提供が制限される中、多くの製薬企業はDX(デジタルトランスフォーメーション)による情報提供の推進に乗り出しました。その結果、医薬品市場は一強多敗、勝者総どりの傾向を強めています。なぜ、他社に遅れを取らないように推進した情報提供のDX化が期待に反する結果となったのでしょうか?この現象を紐解く鍵は、情報の供給側から需要側へのシフトにあります。これにより、従来の不完全競争市場から完全競争市場へと市場構造が変化し、一強多敗、勝者総取りの傾向が強まる結果となったのです。


情報主導権の移行がもたらした完全競争市場

DXの推進によって情報提供は劇的に改善されました。医師をはじめとする顧客は、製薬企業の営業担当者に依存せずとも、自ら必要な情報を集めて比較・検討できるようになりました。この変化は、従来の「不完全競争市場」、つまり製薬企業が情報の独占によって優位性を保つ市場構造を崩壊させました。代わって生まれたのは、顧客が自由に選択できる「完全競争市場」です。

しかし、情報過多の状態が顧客に新たな課題をもたらすことになりました。膨大な情報に圧倒された顧客は、すべての情報を検証することを諦め、多くの人が評価する製品を選ぶ傾向を強めています。この結果、すでに市場で高いシェアを持つ製品がさらに選ばれる「強者総取り」の現象が加速することになります。


ガイドライン配布に見る過去のパターン

この現象は、新しいものではありません。過去にも同様の傾向が観察されています。例えば、製薬企業が臨床ガイドラインを医師に配布する取り組みでは、競合他社より早く多く配布することで自社製品の処方を促進しようとしました。しかし、ガイドラインには特定の製品が推奨されることはほとんどなく、通常は同一クラスの薬剤が推奨されます。その結果、最終的にはガイドラインのクラス内で最もシェアが高い製品が選ばれる傾向がありました。

ガイドライン配布の事例からも明らかなように、情報の供給量が直接的に処方シェアの向上につながるわけではありません。むしろ、既に高いシェアを持つ製品が選ばれる傾向を助長するだけです。すなわち「敵に塩を送る」行為とも言えます。


シェアが低い企業に必要な戦略

シェアの低い製薬企業がこの流れに対抗するには、差別化された戦略が必要です。単に市場リーダーを模倣するのではなく、市場リーダーが重点を置かない地域や専門分野を特定し、そこでのシェア拡大を目指します。市場規模が小さくても、競争が緩やかなセグメントではリソースを効率的に活用できます。自社製品の独自の特長やアウトカムを明確に打ち出し、規模の競争ではなく、信頼関係の構築に注力します。全体市場ではなく、確実に投資効果が見込まれる活動にリソースを集中させます。特定の顧客層への集中的なアプローチが有効です。


おわりに

DXがもたらした市場構造の変化は、製薬企業に新たな課題を突きつけました。不完全競争市場の優位性に依存した戦略は、完全競争市場では通用しません。しかしながらDX化による情報提供の推進は止まりません。オムニチャネルを整備することで顧客は一層情報にアクセスすることが出来ます。またMRのみならずMSLなど情報提供チャネルを拡大しています。これらは全て完全競争市場を促進し、強者の非差別化を後押しすることとなり、一強化をさらに進めることになります。市場内の弱者はニッチ市場や未開拓のセグメントに注力することで、小規模な企業でも持続的な競争優位を築く可能性があります。戦略は常に強者の目線で語られる一例と言えるでしょう。