現代のビジネス環境において、多くの企業が共通して抱える深刻な課題があります。それは、本来戦略を司るべき本社機能が、知らず知らずのうちに「管理」という名のもとに監視業務に偏り、戦略的思考を手放してしまっているという事実です。

この傾向は、業界や企業規模を問わず広がっており、製造業、サービス業、IT、さらには老舗の商社に至るまで例外ではありません。営業会議では数字の進捗確認ばかりが繰り返され、マーケティング部門は競合分析よりもKPIトレースに追われ、経営陣は戦略立案よりも株主対応に時間を費やしてしまっています。


戦略と管理の混同がもたらす停滞

戦略とは本来、「どこで、誰に、どう勝つか」を明確にし、限られた経営資源をいかに集中投下するかを意思決定する営みです。STP(セグメンテーション・ターゲティング・ポジショニング)という基本フレームのもと、勝つための選択と集中が求められるのです。

戦略にはリスクを伴う意思決定が不可欠です。一方、管理は既定の方針を守らせる作業にすぎず、そこに創造性や先見性は求められません。にもかかわらず、戦略と管理を混同している組織は、競争優位を築くどころか、硬直したマネジメントに終始してしまいます。

計画管理は戦略の代用品ではない

多くの企業では「売上達成のための計画管理」が、あたかも最優先事項であるかのように扱われています。予実差異の確認、月次・週次レビュー、行動計画の精緻な管理。こうした活動は確かに重要ですが、それは戦略的思考の代替にはなり得ません。

背景にある市場環境の変化や競合との違いを理解せず、単に数値目標だけを押し付けるこのやり方は、現場にとってノルマの強制としか映りません。最も深刻なのは、成果が出なかった際の責任が曖昧になる点です。本社は「管理していた」と主張し、失敗の責任を「指示通りにやらなかった」と現場に押しつけてしまう構造が常態化しています。

なぜ本社は管理を選ぶのか

このような構造は、企業のヒエラルキー文化に深く根差しています。戦略立案には市場変化を読む眼力や意思決定の責任が求められ、失敗のリスクも伴います。一方、管理業務はそのリスクを回避でき、しかも「部下を監視している」という心理的優越感も得られるのです。

これは、かつての「考える本社、動く現場」という構図の延長にあります。しかし今日、このような上下構造は、もはや現代のビジネスに適応できなくなっているのです。


デジタル時代が変える情報と価値の構造

デジタル化が進んだ今、最も重要な情報源は現場にあります。顧客のリアルな反応、市場の微細な動き、競合の一手。これらはすべて、現場の最前線から発生しています。

VUCAの時代では「情報は本社に集約され、命令として現場に流れる」という一方向の流れは、すでに過去のものとなりました。今や、顧客との接点を持つ現場こそが、最も価値ある情報を創出し、意思決定における重要な役割を果たす存在になっています。

現場主導が競争優位をつくる

実際、先進的な企業ではこの構造変化をいち早く察知し、組織の重心を現場に移しています。小売店では現場スタッフの提案がヒット商品を生み、製造業では現場技術者の観察が新事業につながり、サービス業ではフロント対応がサービス革新を導いています。

これらの成功事例に共通するのは、本社が「管理者」ではなく「支援者」として機能していることです。本社は現場からの情報を受け取り、戦略に活かし、現場がより創造的に動ける環境を整える。これこそが現代的な本社のあるべき姿です。


共創型組織への進化をどう実現するか

組織を変革する第一歩は、本社機能の再定義です。本社は「管理者」ではなく「戦略パートナー」として、以下の4つの役割を担うべきです。

  1. 戦略的意思決定:どの市場で、どのように勝つかを決める。
  2. 経営資源の最適配分:ヒト・モノ・カネ・情報を全社視点で再配置する。
  3. 現場支援の仕組みづくり:効果的なツール整備とターゲット戦略の構築。
  4. 仮説検証と学習促進:成功・失敗から学び、改善を続けるサイクル運営。

いずれも「判断」と「意思決定」を伴う本来の戦略業務です。

KPIからKSFへ

「何を、どれだけやったか」ではなく、「何が勝敗を分けるのか」にフォーカスする必要があります。つまり、従来のKPI(成果指標)ではなく、KSF(成功要因)を重視する管理へと転換するのです。

たとえば、「月間売上額」ではなく、「顧客の行動変容フェーズの変化」や「市場の競争優位性」など、勝つために重要な行動に着目します。これにより、現場の意識は数値の追求から「勝つための行動」へと変化します。

情報共有と権限委譲の設計

現場が自律的に判断できるようにするためには、必要な情報と権限をセットで与えることが不可欠です。情報については「最小限から、必要なものすべて」へと転換し、戦略的判断に使えるデータを開示します。

また、顧客対応や商品構成など、現場判断が有利な領域では、明確なルールのもとで権限を委譲し、安心して動ける環境を整備することが重要です。

階層から共闘へ

もはや、上下関係による支配ではなく、水平的な共闘関係こそが持続可能な組織の鍵です。意思決定、情報、責任を適切に分かち合うことで、組織全体の力を最大化し、競争優位を築くことができます。

内向きの力の力学ではなく、市場で勝つための合理的な組織運営が求められているのです。


戦略こそが未来をつくる

管理から戦略へ、支配から共創へ。この転換は、単なる制度や組織構造の変更ではありません。顧客価値の創造と競争優位の構築という、ビジネスの本質に立ち返るための根本的な変革です。

従来のやり方にしがみつく企業は、市場において徐々に競争力を失っていくでしょう。一方で、共創を実現した組織は、どんな変化の時代でも持続的に成長し続けるはずです。

管理か戦略か、支配か共創か、選択は明白です。