最近、AIを使っていてこんな感覚を持ったことはないでしょうか。
「とりあえずAIに任せれば、いい感じのアウトプットが出てくるだろう」。
実際、出てきます。
それっぽい文章、それっぽい分析、それっぽい結論。
でも、読み終えたあとに残るのは、
「間違ってはいない。でも、なんか違う」という感覚です。
そして次に来るのが、
「やっぱりAIってこの程度か」
という、失望です。
でも、それは本当にAIの問題でしょうか
ここで一度立ち止まって考えてみると、
この構図はとても見覚えがあります。
「とりあえずデータを集めておけば、あとで分析すれば何か分かるはず」
→ 実際に分析すると、平均的で想定内の結論しか出てこない
→ 「データ分析って、結局こんなものか」
AIに対する期待と失望は、これとよく似ています。
AIは確かに賢い。
でも「何を残して、何を削ってはいけないか」を与えられないまま任せると、
AIは最も無難で、最も説明しやすく、最も平均的な形にまとめにいきます。
それはAIの欠点ではなく、性質です。
AIは「考える存在」ではなく「整える存在」
AIはゼロから意味を生み出す存在ではありません。
与えられた情報を整理し、要約し、一般化し、
“それっぽく”整えるのが得意です。
裏を返すと、
- 文脈
- こだわり
- あえて残したい違和感
- 削ると価値が落ちる部分
こうした「構造」を先に与えないと、
AIは容赦なくそこを均してしまいます。
結果として出てくるのが、
正しいけれど、魂のないアウトプットです。
AIがダメなのではない。「とりあえず任せる」がダメ
重要なのはここです。
AIが期待外れに見えるとき、
多くの場合、問題はAIそのものではありません。
「とりあえず任せる」という使い方です。
- とりあえず書かせる
- とりあえず要約させる
- とりあえず考えさせる
この「とりあえず」は、
AIにとっては「平均化してよい」という合図になります。
その結果、
一番価値のあるクセや違和感が消え、
「それっぽい何か」だけが残る。
AIは、構造を与えたときに初めて本領を発揮する
では、AIはどう使うべきか。
答えはシンプルです。
先に構造を与えること。
- 何を残したいのか
- どこは削ってはいけないのか
- どこは説明しすぎなくていいのか
- 何を“結論にしない”のか
これを人が決めた上でAIに渡すと、
AIは驚くほど強力な補助エンジンになります。
AIは「思考の代替」ではありません。
思考を保ったまま、展開・整理・表現を加速する道具です。
期待外れだったのは、AIではなく「期待の置き方」
「AIに任せれば何とかなる」
この期待は、
「データを集めれば何か出る」という期待と同じ構造をしています。
どちらも、
構造を与えないまま、結果だけを期待している。
でも本当は、
構造を決めるのは人で、
AIはそれを広げる役割に向いている。
そう考えると、
AIは期待外れどころか、
かなり正直で、かなり素直な道具だと言えます。
