「手段の目的化」は極めて日常的に起こりうる現象であり、その根本には「目的の喪失」または「目的の曖昧化」があると私は考えています。

とはいえ突如として手段が姿を現すわけなどなく、多くの場合は手段によって解決したい課題があるのではないかと思います。課題と手段は一見すると整合性が取れているようにみえますが、実はそうではありません。課題は目的を達成する上での障害です。つまり目的は初めからしっかりと存在しているわけです。しかしその存在を見失うことで手段の目的化が起きるのではないかと思うのです

  • 課題は目的を阻害する障害であり、
  • 手段はその課題を解決するための方法である。

この関係性において、重要なのは「目的→課題→手段」という構造を常に念頭に置き続けることです。

しかし実際には、この構造が時間とともに崩れてしまうことがあります。たとえば:


手段の目的化が起こるプロセス(例)

  1. 当初の目的があった(例:顧客満足度の向上)
  2. 課題が見つかる(例:問い合わせ対応の遅さ)
  3. 手段が決まる(例:チャットボット導入)
  4. 手段の運用が始まるが、次第に目的が忘れられ、
  5. 「チャットボットの稼働率を上げること」が目的になってしまう

このように、手段が可視化されやすく、KPI化されやすいがゆえに、手段そのものが評価対象になり、いつの間にか“目的の座”に収まってしまうという構造です。


「手段の目的化」が起きる主な原因

  • 目的が抽象的で見えづらい(数値化されていない)
  • 手段が継続的に運用され、業務の一部として定着してしまう
  • 評価指標が手段ベースで設定されている
  • 組織の分業化によって、全体の目的が個々の実行者に伝わりにくい

対策として考えられること

  • 定期的に「この取り組みの目的は何か?」を振り返る
  • 目的・課題・手段の関係を一枚の図にして可視化する
  • KPIではなくKGI(目的指標)を意識して運用する
  • 「それって手段の目的化していないか?」と指摘し合える文化をつくる

結論は「手段の目的化」は、“目的があるのにそれを見失ってしまうこと”によって起こる現象である。です。

むしろ問題は、目的の存在そのものではなく、それを「意識し続ける構造」が組織や個人に内在していないことだと言えるでしょう。

個別最適化は必ずしも全体最適になるとは限らないことから、常に課題を抱え続けることになります。