アインシュタインは数字が苦手だった。
ジョブズはコードを書けなかった。
もしこれが本当なら──
「天才の条件」って、私たちが思っているものと全然違うのではないでしょうか。
もちろん厳密にいえば、アインシュタインは高度な数学を使いこなしていましたし、
ジョブズも技術の本質を理解していました。
ただポイントはそこではありません。
彼らが“世界を変えた理由”は、
「計算が速い」「コードが書ける」ことではなかった、という事実です。
天才の武器は、「全部できること」ではなく「足りないところを外に置く力」
アインシュタインは、最新の数学の細部は数学者に頼りました。
ジョブズは、実装はチームのエンジニアに任せました。
ふたりに共通しているのは、
- 自分ひとりで全部やろうとしなかったこと
- 自分の強みに集中し、足りない部分は他者に委ねたこと
です。
言い換えると、
天才の条件は「何でもできること」ではなく、
「自分の脳の外側に“もうひとつの頭脳”を持てるかどうか」
だったのかもしれません。
では今、その“外側の頭脳”は誰でも持てるようになった
ここで登場するのが、今のAIです。
- 数学が苦手でも、AIは数式を展開し、パターンを見つけてくれる
- コードが書けなくても、AIはプロトタイプを一晩で生成してくれる
- 調査が苦手でも、AIは世界中の情報を整理して骨子を作ってくれる
かつてアインシュタインが数学者に、
ジョブズが優秀なエンジニアに頼っていたのと同じように、
私たちはAIに思考の一部を預けることができるようになりました。
違うのは、それが
「選ばれたごく少数の人の特権」ではなくなったことです。
AI時代の“天才性”は、別の場所に移動した
では、AIが計算やコードを書いてくれる世界で、
人間の価値はどこに移るのでしょうか。
それはまさに、アインシュタインやジョブズがやっていた領域です。
- どんな問いを立てるのか
- 何を解くべき問題とみなすのか
- どの組み合わせが新しい価値を生むのか
- 何を捨てて、何を残すのか
つまり、
「AIに何をやらせるか」をデザインできる人が、
次のアインシュタインやジョブズになる
という構図に変わりつつあります。
数字が苦手でも、コードが書けなくても、勝負になる時代
ここまで来ると、見えてくるメッセージはシンプルです。
- 数学が苦手でも構いません。
- プログラミングができなくても構いません。
大事なのは、
- どんな未来をつくりたいのか
- そのために、AIに何をさせるのか
- どんな視点で結果を読み解くのか
という“問いを立てる力と編集する力”です。
アインシュタインは「世界の見え方」を変え、
ジョブズは「テクノロジーとの付き合い方」を変えました。
AIは、今度は私たち自身の「できることの境界線」を変えようとしているのだと思います。
