皆さまは「2025年問題」を覚えていますか?私はすっかり忘れて、気がつけば2025年もすでに半分以上が経過していました。

「2025年問題」とは、団塊の世代がすべて75歳以上の後期高齢者となり、日本社会の高齢化が一気に加速する節目を指します。医療や介護の需要が爆発的に増え、財政や人材の不足が深刻化することは、十年以上も前から警鐘を鳴らされてきました。同時に、経済産業省が「2025年の崖」と呼んだDXの遅れも、同じ時期に社会全体を揺るがす課題として示されました。

先の選挙で争点となった「外国人労働者受け入れ」や「DX推進」は、そもそもこの2025年問題に端を発していたはずなのに、いつしか目的が忘れられ、手段だけが独り歩きしている印象を受けます。

例えば、介護現場の人手不足は予測通り顕在化しました。すでに全国で特定技能や技能実習制度を活用して外国人スタッフが働いていますが、受け入れ体制の整備や地域住民との共生は道半ばです。単に「人を増やす」ことが目的化してしまい、「どうすれば介護サービスの質を守り、持続可能な制度を構築できるか」という本来の議論は置き去りになりつつあります。

また、DXも同様です。2025年の崖を回避するためと銘打ち、AIやクラウド導入が進みましたが、現場からは「新しいシステムが複雑で使いこなせない」「結局紙と併用で二重業務が増えた」といった声が少なくありません。デジタル化のためのデジタル化に陥り、「何のために業務を変えるのか」という原点が見失われがちです。

想定された2025年問題は、確実に現実のものとなっています。高齢化は待ったなしで進み、社会保障費は膨張し続けています。医療現場では診療報酬改定が繰り返され、介護施設は人材確保に悲鳴を上げ、企業はレガシーシステムの維持に追われています。

では今後の日本はどうなっていくのでしょうか。重要なのは「手段」ではなく「目的」を取り戻すことです。そこに立ち返らない限り、制度や仕組みは形骸化し、持続可能性を失ってしまいます。

2025年を迎えたいま改めて、「なぜそれをやるのか」を問い直すことが、日本の未来を切り拓く第一歩なのではないでしょうか。