「売れる商品をつくるには、顧客のニーズを掘り起こせ」
マーケティングの常識とも言えるこの考え方は、確かに消費財ビジネスでは有効です。なぜなら、消費財におけるニーズは、多くの場合“潜在的で漠然としたもの”だからです。

たとえば、「癒されたい」「自分を変えたい」「日々を少し快適にしたい」――。こうしたニーズに対して、「この香りで癒される」「このデザインなら自信が持てる」といった具合に、商品自体がウォンツ(欲求)となり、やがてそれが“目的”として消費されていきます。つまり、消費財では商品そのものが主役になるのです。

しかし、同じアプローチを医薬品ビジネスに当てはめると、まったく様相が異なります。

医薬品の世界において、ニーズとは患者の疾患や症状という“医療課題”であり、ウォンツとは、それに対して医師がガイドラインや科学的エビデンスに基づき選択する治療手段です。薬剤は“必要だから処方される”のであり、“欲しいから選ばれる”わけではありません。

つまり、医薬品はあくまで「目的を達成するための手段」であって、商品そのものが主役になることはありません。主役はあくまでも患者と、その疾患に向き合う医師の診療判断です。

この違いを見誤ると、医薬品マーケティングにおいても、「ブランド認知を高めよう」「感情的に訴求しよう」という消費財的アプローチに偏ってしまいます。ですが、医師が薬剤を選ぶ理由は、「納得できる根拠があるか」「診療スタイルに適合しているか」といった構造的・科学的な納得感に基づくものです。

したがって、医薬品ビジネスにおいて必要なのは、“感情的に刺さる訴求”ではなく、“理性的に腑に落ちる支援”なのです。

医薬品を単なる商品として捉えるのではなく、科学的根拠に基づいた“適応されるべき手段”として位置づけること。これが、製薬企業にとっての真の競争力となる視点です。