HBRは2025年3月、「CEO報酬が“過大”な企業ほど、従業員による内部告発(whistleblowing)が起きやすい」という研究紹介を掲載しました。
このテーマは、単なる“格差批判”として読むと結論が雑になります。しかし構造+因果の視点で捉え直すと、「金額の大小」ではなく“告発が生まれる構造”が見えてきます。
1) 構造:見るべきは平均ではなく「尾(テイル)の形」です
CEO報酬やPay Ratio(CEO報酬÷従業員中央値)は、平均値よりも分布の歪みに意味があります。たとえば同じ“高比率”でも、原因は別物です。
- CEOだけが跳ねた(株式報酬・一時金などで右裾が急に太くなる)
- 従業員側が潰れた(中央値が下がる/昇給停止で分布が圧縮)
- 両方が伸びた(成長局面で全体が右へシフト)
HBRが扱う「CEOが過大」という語感は、実務ではこの3タイプを混ぜがちです。構造ではまず“どの歪み”が起きているのかを分解します。
2) 因果:本当のエンジンは「公正感(distributive justice)」です
元研究(Accounting, Organizations and Society, 2024)は、CEO pay ratioが高い企業ほど翌年に従業員の告発が起きやすく、さらにその関係は「不公正だと感じやすい状況」で強まると示します。
ここでの主役は報酬額そのものではなく、従業員の“知覚された不公正”です。
因果で描くなら、ざっくり次の経路が太い。
- CEO pay ratio(X)
→ 公正感の低下/信頼低下(M)
→ 告発(Y)
つまり「CEO報酬が高いから告発が増える」というより、“正当化(説明)できない格差”が信頼を壊し、監視行動として告発が出る、という構造です。
3) 交絡因子:実は「悪い会社ほどCEOが高い」だけでは説明できない
この手の議論でありがちな反論は「ガバナンスが弱い(腐った)会社ほど、CEOが取り放題で、不正も多い。だから告発が増えるだけ」というものです。
元研究はこれに対し、告発を“メリットのある(後に当局の措置や訂正等につながる)”ものと“そうでない”ものに分けて検討し、単純な“腐敗文化”だけでは説明しにくい結果を示しています(むしろメリットレス側に効きやすい、という含意)。
構造+因果的にはここが示唆的です。告発は必ずしも「正義の発露」だけでなく、不信・猜疑・報復・自己防衛も混ざる。だから経営に必要なのは「格差をゼロにする」ではなく、“不信に変換される条件”を潰すことになります。
4) 経営の打ち手:賃上げ一本ではなく「説明可能性×受け皿設計」
Pay Ratioそのものを下げても、構造が変わらなければ再燃します。効くのは次のセットです。
- 説明可能な報酬設計:成果連動・長期価値・下方リスク(失敗時に落ちる仕組み)
- 従業員側分布のケア:中央値や下位層の“潰れ”を放置しない(構造で尾を監視)
- 通報の受け皿の信頼:匿名性・調査品質・報復防止(内部で是正できる回路)
なお、米国でPay Ratioが議論の中心になった背景には、SECのPay Ratio開示ルール(2017年開始)があり、そもそも比率が“見える化”されたこと自体が行動を変え得ます。
「見える化」は透明性を上げますが、同時に“説明できないもの”を増幅します。だからこそ、構造を分解し、因果の経路を設計する意味があります。
まとめ
HBRの記事が提示したのは「格差が大きいと告発が増える」という相関です。
構造+因果で読み替えると、論点はこう変わります。
- 問題は金額の大小ではなく、分布の歪みと正当化不能な説明欠如
- 告発は“倫理”だけでなく、信頼崩壊のアウトプット
- 経営の仕事は「格差を否定する」ではなく、不信に変換されない構造を作ること
