二重振り子は、わずかな初期条件の違いが、時間の経過とともに大きな差となって現れる、典型的な非線形・カオス系として知られています。では、こうした現象は医療にも存在するのでしょうか。私は、概念としては十分に存在すると考えています。
もちろん、医療現場に物理学の二重振り子があるわけではありません。しかし実際の医療では、初診時にはよく似て見える患者が、その後まったく異なる経過をたどることが少なくありません。年齢、併存症、炎症状態、遺伝的背景、生活環境、治療開始のタイミング、医療者との関わり方――そうした小さな違いが、やがて重症化、回復、副作用、治療継続率といった大きな差につながります。
これは、平均値だけでは見えません。平均では「効果あり」「有意差あり」と整理できても、その内部では、よく効く群、効かない群、副作用が強く出る群が混在していることがあります。敗血症、がん、糖尿病、精神・心理領域、さらには行動変容を伴う慢性疾患管理などでは、こうした“分岐”が実務上きわめて重要です。
ここで必要なのは、平均的な患者像を前提に全体を捉える視点から、分布の中にどのような状態群が存在し、どこで経過が分かれるのかを見る視点への転換です。DSAはまさにそのために有効です。平均ではなく、分布の形、混在、偏り、裾、分岐の兆候を見る。そしてDAGは、その分岐に関与する要因が、どの経路を通じて転帰へつながるのかを構造化します。
医療における意思決定は、本来「平均的に正しい」だけでは不十分です。重要なのは、どの患者で、どの条件下で、どのように経過が分かれるのかを理解することです。二重振り子は、医療が本質的にそうした複雑系を含んでいることを示す比喩として、とても示唆的だと思います。
AI時代の医療分析に必要なのは、単に予測精度を競うことではなく、見えない分岐の構造を捉え、介入可能な因果へ翻訳することではないでしょうか。
