製品やサービスの開発において、「顧客ニーズに基づくことが重要だ」ということは、もはや常識として受け止められています。プロダクトアウト型の市場参入は古く、現代はニーズに基づいたマーケットイン型がロールモデルとされています。
医療機器開発における医療現場でも「こんな機能があれば便利」、「これが足りない」といった声を拾い上げる取り組みは数多く存在します。しかし、この“ニーズ”という言葉、実は非常に曖昧で、時に誤解を生みます。
ニーズとは本来、“ある人がある場面で感じた不便や要望”です。つまり、それは「事象」であって、「市場」ではありません。たとえば、ある医師が「この検査、もっと簡略化できないか」とつぶやいたとしましょう。この一言を「市場ニーズ」と捉えてプロダクト開発に走ると、期待に反して誰も使ってくれなかった、ということが起こります。
なぜなら、一人のニーズが万人のニーズとは限らないからです。医療の現場では、専門・職種・役割・病院の規模・地域性などによって業務フローも優先順位も異なります。たった一人の声を“市場代表”と見なす、利用可能性ヒューリスティックと言えます。
さらに重要なのは、ニーズがあっても、その背後にある“課題解決の文脈”を理解しない限り、成功にはつながらないという点です。たとえば「操作を簡単にしたい」という声の裏には、「ミスを減らしたい」「教育の手間を省きたい」「高齢スタッフにも扱えるようにしたい」など、様々な背景が潜んでいるかもしれません。どの文脈に対してどうアプローチするかによって、製品設計も訴求ポイントもまるで違ってきます。
要するに、ニーズに基づく開発は必要条件ではあるが、それだけでは不十分です。開発を成功に導くには、「誰の」「どんな成果を」「どう実現するのか」という視点を持ち、それをビジネスとして成立させる戦略が求められます。 「現場の声を聞いたから大丈夫」で終わりではありません。大切なのは、その声をどう“市場に育てるか”。評価基準は“人助けや善意”ではなく、“実行力と市場性”です。想いを成果につなげるには、冷静な視点が必要です。
