コロナ禍を機に、製薬業界をはじめとする多くの企業が情報提供のDX化に注力してきました。従来の対面を通じた情報提供が制限されたため、Webチャネルを活用して、医師や医療従事者へ製品情報を発信する新しい手法が模索されました。しかし、このデジタル化による情報提供の一斉強化は、かえって製薬企業を競争の窮地に追い込む結果となっています。
情報がWeb上で均等に提供されることにより、医薬品に伴う情報提供は不完全競争から完全競争へと急速に変化しました。これまで、製薬企業が持つ専門的な情報の優位性が競争力の源でしたが、情報が均等化されると、医療従事者は「どの製品が本当に優れているのか」を見分けることが難しくなります。そして、判断基準が不明瞭な中で、選択の根拠は口コミや市場シェアといった「みんなが良いと言っているから良い」という社会的証明に依存しがちになります。
例えば、Amazonの口コミや食べログの星の数といった評価が、消費者の購入意思決定に大きな影響を与えているのと同じように、医薬品の選択も「多くの医師が使っているから良い」という感覚が重視されやすくなります。その結果、市場シェアが高い製品がさらに選ばれやすくなり、他社製品が選ばれる機会が減少するという悪循環が生まれるのです。
これは企業側にとって大きな皮肉です。顧客の多様なニーズに応えるためのDX化が、逆に製品間の違いを見えにくくし、競争の均質化を促進したのです。その結果、情報提供の工夫が価格競争の激化につながり、利益率の低下や製品間の競争力低下といった新たな課題をもたらし、一強多敗、勝者総どりの優勝劣敗を招いています。
DXによって一見、便利になった情報提供の形が、実は競争力を弱体化させる要因にもなりうることを改めて考えさせられるでしょう。情報の発信力が増す一方で、どのように差別化を図るべきか、製薬企業は新たな市場環境の中で、戦略の再考を迫られているのです。