「50歳代は経験値が高いことが強みだ」と、よく言われます。
しかし、VUCA(Volatility, Uncertainty, Complexity, Ambiguity)の時代において、その“経験値”は本当に強みとして機能し続けるのでしょうか。

そもそも、経験値とは何でしょうか。
ここではあえて、

多様な経験の中で、物事の平均的な発生確率を無意識に学習したもの

と定義してみたいと思います。

私たちは、似たような場面を何十回、何百回と経験する中で、「このパターンなら、だいたいこうなる」「これは滅多に起きない」といった“確率感覚”を、感覚値として蓄積していきます。言い換えれば、経験値とは「過去の環境で観測された出来事の分布」を、身体感覚として身につけたものだと考えられます。

この世界観は、統計における「正規分布」のイメージとかなり近いものです。

正規分布は、

  • 「平均付近」がもっとも起こりやすい
  • 極端な出来事はめったに起こらない
  • 過去のデータから推定した平均と分散を信じていれば、大きなハズレは少ない

という前提に立っています。高度成長期から安定成長期にかけて企業人生を歩んできた50歳代の多くは、この「正規分布的な世界」で経験を積み上げてきた世代だと言えます。

「そんな極端なことは滅多に起きないですよ」
「普通はこうなりますよ」
「平均的にはこのくらいの確率でうまくいきます」

といった思考パターンは、まさに正規分布を前提にした感覚だと捉えることができます。

しかし、ここにVUCAの落とし穴があります。
現実の分布は、必ずしも正規分布とは限りません。むしろ現在のビジネス環境では、

  • ごく一部がほとんどを占める パワーロー分布
  • まったく性質の異なる集団が混ざった 二峰性・混合分布
  • 時間とともに構造そのものが変形していく 非定常な分布

が当たり前になりつつあります。

にもかかわらず、過去の経験から形成された「正規分布的な直感」をそのまま適用してしまうと、

  • 「まさか」が頻発するテールリスクを過小評価する
  • 新しいビジネスモデルや技術の立ち上がりを過小評価する
  • 市場構造の転換点を見誤る

といった、系統的な判断ミスにつながりかねません。

では、50歳代の経験値は、もはや“役に立たない過去の遺産”なのでしょうか。
結論から申し上げますと、決してそうではありません。ただし、扱い方のアップデートが必要になります。

ここで鍵になるのが ベイズの定理 です。

ベイズの定理は、ごくラフに言えば、

事前に持っている信念(事前分布)を、
新しく得られたデータ(尤度)で更新して、
今の時点での認識(事後分布)をつくる

という考え方です。
数式で書けば「事後 ∝ 事前 × 尤度」という、非常にシンプルな構造をしています。

この枠組みに当てはめると、

  • 50歳代の 経験値 = 過去の世界で学習された「事前分布(prior)」
  • VUCA環境における 現在のデータや分布構造の分析 = 「尤度(likelihood)」
  • それらを統合して得られる アップデート後の判断 = 「事後分布(posterior)」

として整理することができます。

ここで重要なのは、経験値を「絶対に正しい答え」として振りかざすのではなく、

過去の世界がどのような分布構造で動いていたか、という“事前情報(prior)”

として位置づけ直すことです。そして、それを現在のデータや分布構造の可視化(たとえばパワーロー化や二極化の有無)という「今ここ」の情報(尤度)と掛け合わせて更新していく。この一連のアップデート・プロセスそのものが、ベイズの定理のビジネス版実装だと考えられます。

この視点に立つと、50歳代の経験値は、

  • 「過去の世界はこういう正規分布的な振る舞いをしていた」
  • 「今の環境は、そのどこがズレているのか」

を見抜くための レファレンス として、むしろ本領を発揮します。
つまり、経験値は「過去の正規分布的世界の産物」であり、そのまま現在の意思決定ルールとして適用すると危険になりますが、「過去と現在のギャップを見抜くためのセンサー」として使い直すのであれば、大きな武器になるのです。

VUCA時代に問われているのは、経験値そのものの有無ではありません。問われているのは、

経験値を“絶対解”として振りかざすのか、
それとも、ベイズ的にアップデートし続ける“事前情報”として扱うのか。

50歳代の経験値が危うくなるのは、前者のまま止まってしまったときです。
逆に言えば、経験値を「構造変化を見抜く視点」へとベイズ的に更新し続けることができたとき、50歳代は依然として組織にとって最強のアセットになりうるのだと考えます。