医薬品開発においても、臨床試験では複数のエンドポイントや解析項目を同時に扱うことが多く、必然的に多重性の問題が生じます。
偶然の「当たり」を引く確率が増えることで、実際には効果がないのに「有意」と判断されるリスクが高まるのです。
そこで一般的に採られるのが以下の方法です。
- 検定を1つに絞る:主要評価項目を事前に明確に設定し、余計な揺らぎを排除する。
- 検定の順番を決める:主要エンドポイントから順に、階層的に検証を進める。
- 有意水準を調整する:Bonferroni補正などで「偶然の有意」を抑える。
いずれも国際的な規制当局やICHガイドラインでも認められた方法であり、形式的な信頼性を担保する「ルールづくり」として不可欠です。
多重性対策の役割と限界
多重性対策の役割は、偽陽性(タイプIエラー)の増加を防ぐことです。
たとえば、1つの治験で100項目を検定すると、何も効果がなくても平均で5項目が偶然「有意」となってしまいます。多重性対策は、この「偽のシグナル」を調整し、結果をより信頼できる形に整えるための道具です。
*「平均で5項目が偶然有意」というのは、効果がゼロでも、有意水準5%の検定を100回やれば、偶然5回くらい『有意』と判定されてしまうという統計的な仕組みを指しています。
しかし、それはあくまで統計的な調整であって、データに潜む真の薬効や患者集団の多様性を直接明らかにするわけではありません。多重性対策によって「有意ではなくなった」場合でも、それは「偶然の可能性が高い」と解釈されたに過ぎず、「効果が全くない」と断定するものではないのです。
見えていない「本当の姿」
実際のデータには、分布の形状、外れ値、患者背景との相関、非線形な応答など、教科書的なp値では語れない情報が数多く含まれています。それを「有意/非有意」の二択に押し込めてしまえば、薬剤の真の作用プロファイルや患者群ごとの応答差は見えなくなってしまいます。
つまり、多重性対策は治験の信頼性を高める「形式的な安全装置」であり、薬剤の本質を浮き彫りにする「真実のレンズ」ではありません。
本質を捉えるには
医薬品開発においても、規制上の要件を満たす統計ルールは当然必要です。けれども、それだけでは不十分です。
本当に求められるのは、分布全体を眺め、患者ごとの応答の構造を理解する視点です。平均値や有意差に頼るだけではなく、ハイレスポンダー群やノンレスポンダー群を識別し、どの患者に最大の価値を届けられるのかを見極めることが、個別化医療の基盤となります。
多重性対策は「門番」にすぎません。その先にあるのは、データの奥から真実を掘り起こし、医薬品の真の価値を見極めるプロセスです。そこにこそ、新薬開発の成否を左右するヒントが隠されているのです。
未来への視点 近年では、こうした「真実を掘り起こす視点」として、分布構造そのものを分析する新しい枠組みも模索されています。DSA(Distribution Structure Analysis:分布構造分析)のように、データの形や構造に焦点を当てるアプローチは、従来の有意差中心の解析を補完し、多重性対策だけでは見えてこない医薬品の可能性を引き出すツールになり得ます。
