いま、多くの企業が「多様性」「個別最適化」「One to One マーケティング」を掲げています。ところが、その同じ会議室のホワイトボードには、当たり前のようにペルソナとカスタマージャーニーが描かれています。この光景そのものが、すでにひとつのパラドクスを表しています。
ペルソナとは、ターゲット顧客を代表する“典型的な一人”の人物像です。
カスタマージャーニーは、その“典型的な一人”が自社と接点を持ち、認知から購買、ファン化に至るまでの「標準的な道筋」を可視化する手法です。
言い換えれば、これらは顧客を平均化し、正規分布の「真ん中」にいる誰かを仮想的に作り出す作業です。
「うちの主要顧客は、このペルソナです」「一般的には、こういうステップで購入します」と語りながら、分布の裾にいる人たちは、ほとんど検討の外に置かれがちです。
しかし、私たちが生きているのは、もはや「平均が支配する時代」ではありません。Amazonなどのビッグテック企業により、市場はショートヘッド&ロングテール化しています。
売上も、情報発信力も、ブランドへの影響力も、往々にしてパワーロー分布や二極化した分布に従います。ごく一部の顧客が大きな価値を生み出し、思いがけない接点や経路から購買に至るケースが珍しくなくなっています。
その世界で、「平均的なペルソナ」と「標準的なジャーニー」を前提に設計を行うことは、構造的に次のようなリスクを孕みます。
- 高い価値をもたらす“少数の顧客”の行動特性を取りこぼす
- 新しいチャネルやタッチポイントから生まれるシグナルをノイズとして扱ってしまう
- 変化の兆しを最初に発してくれる“はみ出し者”の声に気づけない
つまり、多様性を謳いながら、実務はひたすら「平均への回帰」を強化している状態になりかねないのです。
もちろん、ペルソナやカスタマージャーニーそのものが悪いわけではありません。本来これは、「どんな顧客がどんな文脈で自社と出会っているのか」を考えるための出発点にすぎません。問題は、それがいつの間にか「標準解」や「唯一の正しい顧客像」として固定化されてしまうことです。
本来、多様性と個別最適化を目指すのであれば、
- ペルソナは「代表値」ではなく、複数の分布クラスタを示すラベルとして扱う
- カスタマージャーニーは一本の線ではなく、複数の経路と分岐を持つ“地図”として描き直す
- データを通じて、「典型」よりむしろ外れ値や例外パターンに価値を見出す発想を持つ
といった方向に設計思想を変えていく必要があります。
平均と正規分布の世界観は、マス市場と大量生産の時代には非常に有効でした。
しかし、情報があふれ、価値観が細分化された現在、企業が本当に取り組むべきは、「平均的な顧客像の精度を上げること」ではなく、
そもそも顧客分布はどのような形なのか
どのクラスタ・どの裾野に、どのような価値が眠っているのか
を見極めることではないでしょうか。
ペルソナとカスタマージャーニーは、そのための仮説づくりのツールとして位置づけ直すべきです。
「多様性」と「個別最適化」を本気で掲げるなら、平均に顧客を押し込めるのではなく、分布のかたちから戦略を考える発想が求められています。
