ベイズの定理とは、「ある検査結果が得られたときに、その人が本当に病気である確率」=事後確率を求めるためのものです。
つまり、「陽性」と出たときにその人が本当に感染している確率(P(感染|陽性))を求めるには、

という式で表されます。
⚙️ 各項目の意味
| 項目 | 意味 |
| P(感染) | 検査を受けた集団における感染率(有病率) |
| P(陽性|感染) | 感度(真に感染している人を陽性とする確率) |
| P(陽性|非感染) | 1−特異度(感染していないのに陽性と出る確率=偽陽性率) |
💡 具体例で考える
仮に、
- 感度:99%
- 特異度:99%
- 有病率(実際に感染している人の割合):1%
とします。
このとき、1万人を検査すると:
| 状況 | 人数 | 陽性になる人 |
| 感染している(100人) | 100人 | 99人(真陽性) |
| 感染していない(9,900人) | 9,900人 | 99人(偽陽性) |
よって、「陽性」と出た人は198人(99+99人)ですが、
実際に感染しているのは99人だけ。
つまり:

したがって、PCR陽性=感染確定ではなく、感染している確率は有病率によって変化します。
感染がまん延しているとき(有病率が高いとき)は陽性の信頼性が高くなり、
感染者が少ないとき(有病率が低いとき)は偽陽性が増えます。
臨床現場での意味
このため医師は、PCR検査だけでなく以下の情報を事前確率として考慮します。
- 症状の有無(発熱、咳など)
- 接触歴
- 地域の流行状況
これらを合わせて「感染している可能性(事前確率)」を上げたうえで検査を行うと、
ベイズの定理上、陽性の信頼性が高まります。
- PCRは非常に感度・特異度が高い検査だが、それでも100%正確ではない。
- ベイズの定理により、「陽性=感染」ではなく「陽性のときに感染している確率」を求めるのが正しい。
- 有病率が低い状況では、陽性の半分近くが偽陽性になる可能性もある。
ベイズの定理を踏まえると、コロナ禍では「無症候でもPCR陽性=感染者」と扱ったことには確かに理論的な違和感があります。
しかし、当時そのような運用が採られたのには、科学的・社会的・政策的な複合理由がありました。
以下で分解して説明します。
1. 検査の目的が「診断」ではなく「感染制御」だった
ベイズ的に考えれば、PCR検査は「感染の確率を推定する診断手段」です。
しかしコロナ禍では、多くの場面で目的が変わっていました。
すなわち、
個々の診断ではなく、集団の感染拡大を防ぐスクリーニング手段として使われた
という点です。
🔹診断(diagnostic)目的
- 症状や接触歴をもとに感染を疑う個人に実施
- 「この人が感染しているか?」を知る(事前確率が高い)
→ ベイズ的に意味がある
🔹スクリーニング(screening)目的
- 感染の有無が不明な人を集団的に調べる
- 「感染を見逃さない」ことが優先
→ 偽陽性が出ても「隔離・再検査」で抑え込む政策的判断
したがって、当時のPCR集団検査は「感染診断」ではなく、感染拡大防止ツールとして運用されていました。
2. 感度・特異度が非常に高い検査であったこと
PCRは、理論上ほぼ100%近い特異度(偽陽性がほとんど出ない)を持つとされていました。
(ただし実際は検体採取やラボ条件によって変動します)
つまり、
「陽性が出た以上、感染している確率は極めて高い」とする運用上の前提が置かれました。
この「PCR=確定診断」という“神話”が行政や報道で定着したのも、現場の理解を単純化する意図がありました。
3. 公衆衛生上のリスク・ベネフィットのバランス
当時の判断は、「偽陽性による隔離の不利益」よりも「感染者を見逃す(偽陰性)のリスク」が社会的に大きいとされたのです。
▶︎ 政策上の考え方
- 偽陽性:実際は感染していないのに隔離される(個人の不利益)
- 偽陰性:感染しているのに陰性とされ、感染を拡大させる(社会的リスク)
感染拡大フェーズでは「偽陰性>偽陽性」と判断され、結果的に「陽性=感染者」とみなす方針が取られました。
4. 「感染者」の定義が臨床的ではなく行政的だった
実は、「感染者(case)」という言葉は行政上の定義です。
WHOや日本の感染症法上は、
検査で病原体が検出された場合、症状の有無に関わらず「感染者」とする
と明記されています。
つまり、
- 「陽性=ウイルス遺伝子が体内に存在」
- 「それが発症・感染力を持つか」は別問題
にも関わらず、感染症法上では「陽性者=感染者」としてカウントされたのです。
これは医学的というより法的・行政的運用と言えます。
5. 結果としての問題点
この一律運用には副作用もありました:
- 無症候で他者に感染させる可能性が低い人まで隔離対象となった
- 医療・社会インフラが逼迫
- 社会的スティグマや不安の増幅
- 統計上、「感染=発症」と誤解されやすい構造が生まれた
つまり、ベイズ的思考(確率的解釈)を欠いたまま、二値的な「陽性/陰性」判断が政策に使われた結果です。
まとめ
| 観点 | 内容 |
| 科学的 | 陽性=感染ではない。感染確率は事前確率(有病率)次第 |
| 政策的 | 感染拡大防止のため、偽陽性を許容し「陽性=感染者」と扱った |
| 行政的 | 感染症法上、PCR陽性者は無症候でも「感染者」に分類される |
| 倫理的 | 個人の不利益より社会的リスク回避を優先した判断 |

- 有病率0.5%(広くスクリーニング)
- 特異度99%:陽性適中率PPV ≈ 32%(3人に1人が真の感染)
- 特異度99.5%:PPV ≈ 49%
- 有病率1%:
- 99%:PPV ≈ 49%
- 99.5%:PPV ≈ 66%
- 有病率5%(クラスター・発熱外来など):
- 99%:PPV ≈ 83%
- 99.5%:PPV ≈ 90%
- いずれも NPVは常に非常に高い(>98%)—陰性は「まず感染していない」の根拠になりやすい。
結論:2020年のように有病率が低い集団へ「広く一斉PCR」をすると、陽性の一部は偽陽性になりやすいため、無症候陽性=即感染確定という扱いはベイズ的には過大判断になり得ます。一方、流行期・高リスク群での検査ではPPVが大きく上がり、陽性の信頼性が高まります。

· 2020年4月(流行ピーク想定:有病率0.6%)
- 特異度99% → PPV≈36%、99.5% → PPV≈53%
· 2020年12月(冬の増加:有病率1.2%)
- 99% → PPV≈53%、99.5% → PPV≈70%
· 低流行期(0.1%未満)ではPPVは10%未満になり得て、無症候・一斉検査ほど偽陽性が相対的に目立つことが分かります。いっぽうNPVは常に非常に高く、陰性は「まず感染していない」の根拠になりやすいです。
