臨床現場で統計データを扱うとき、私たちは「平均値」をみて納得をしてしまいます。新薬の臨床試験では「平均して効果がある」と示されることが多く、これが医師や患者の判断材料となります。しかし本当にそれだけで十分でしょうか。平均値の背後には、“分布”というもう一つの事実が隠されています。
平均値の落とし穴
統計学的に導かれる「平均的な効果」は、あくまで全体の傾向を要約した数値にすぎません。実際には平均値ぴったりの反応を示す患者は少数派であり、多くは平均を外れた位置にいます。つまり「平均的な患者」という存在は幻想に近いのです。
ビジネスに置き換えれば、顧客の平均ニーズだけを想定した商品開発が市場を外すことと同じ。医療現場でも、平均に基づく一律の判断はリスクを伴います。
見逃してはならない「分布の両端」
統計分布の両端、いわゆるテールに位置する患者は、数こそ少ないものの臨床的には極めて重要です。
- 上側(アッパーテール): 薬が劇的に効くケース。ただし効きすぎて副作用を招くリスクも。 → 投与量の慎重な調整とモニタリングが不可欠。
- 下側(ローワーテール): 薬がほとんど効かない、あるいは逆効果を示すケース。 → 効果が乏しい場合は早めに治療方針を見直す勇気が必要。
この考え方は医療だけでなく、ビジネス戦略にも共通します。顧客の大多数だけに注目してしまうと、実は市場を動かす「熱狂的な支持層」や「全く響かない層」を見落としてしまいます。
個別化医療と分布思考
分布のばらつきの原因は、遺伝子や代謝酵素の違い、年齢、生活習慣など多岐にわたります。これを分析することで「誰に効きやすく、誰に効きにくいか」を予測することができ、個別化医療(Precision Medicine)への道が開けます。
これはまさに、ビジネスにおける「パーソナライゼーション戦略」と同じ構造です。顧客を平均像で捉えるのではなく、一人ひとりの特性や背景に合わせて最適解を提供することが、持続的な競争優位を生み出すのです。
まとめ
「平均して効果がある」という集団レベルの理解にとどまるのは危険です。臨床現場で真に必要なのは、平均値の背後にある分布を読み解き、両端の患者に配慮し、個別化に踏み込むこと。
統計の「平均値」は出発点にすぎず、その分布の多様性に向き合うことこそが、医療における質の向上、そしてビジネスにおける差別化戦略のスタートとなります。

