製薬企業は「画期的新薬を患者に届けることが我々の使命だ」と口を揃えます。確かに、新薬開発は社会に希望をもたらす重要な営みです。しかし同時に、その「使命」はいつの間にか“目的”から“手段”へとすり替わり、企業論理の中で独り歩きしてはいないでしょうか。

R&D(研究開発)には莫大な資金が投じられています。ひとつの新薬を上市するまでに数千億円、十数年の歳月を要するとも言われます。その結果、製薬企業は抗がん剤などの高額医薬品を次々と市場に投入し、パイプライン(開発品目群)を自社の「ライフライン」と位置づけます。そこには確かに“光”があります。革新的な治療法は、これまで救えなかった命を救い、難病に苦しむ患者に希望を与えます。科学の進歩が直接的に人の命に寄与する、数少ない産業領域です。

しかし一方で、その光の裏には“影”も存在します。莫大な開発費を回収するために価格は上昇し、薬価制度や保険財政を圧迫します。市場性の低い疾患領域は後回しにされ、ジェネリック薬や既存薬の供給は軽視されがちです。企業がリスクとリターンのバランスを取る中で、「人の命よりも収益が優先される構造」が静かに進行しています。

さらに、パイプライン偏重の経営は企業文化をも歪めます。研究所や本社では新薬の話題ばかりが注目され、現場の医療ニーズや患者の生活のリアリティは埋もれていきます。社員も「開発中の新薬が成功しなければ会社が終わる」という強迫観念に支配され、使命はいつしか「株主価値の維持」に置き換わっていくのです。

本来、製薬企業の使命は「新薬を生み出すこと」ではなく、「人々が健康でいられる社会を持続させること」のはずです。そのためには、新薬開発だけでなく、既存薬の安定供給、医療現場との協働、医療アクセスの格差是正といった“見えにくい努力”こそが欠かせません。光を灯し続けるには、影の存在を直視しなければならないのです。