「人類最後の発明」という言葉があります。
少し不穏な響きがあります。しかし、それは人類が滅亡するという意味ではありません。
人間が自ら発明しなければならない最後の機械を作ることができるのではないか。
そんな考えを、今から60年以上前に提示した人物がいました。
英国の数学者 I. J. Good です。
1965年、Goodは「超知能機械」が誕生すれば、その機械自身がさらに優れた機械を設計するようになり、知能の自己増幅が始まると考えました。
最初の超知能機械さえ人間が作れば、その次の機械を作るのは人間ではない。
だから、それは「人類が作る必要のある最後の発明」になる。
当時としては、ほとんどSFのような話だったでしょう。
ところが60年後の現在、その予言を構成する「部品」が少しずつ現実世界に揃い始めています。
AIは「知能」だけでは動かない
現在の生成AIを見ると、AIの進歩はアルゴリズムだけの問題ではないことが分かります。
モデルを大きくし、大量のデータを与え、何度も学習させる。そのためには膨大な計算能力が必要です。
つまり現在のAIは、
知能 × 計算能力
によって進歩しています。
そして、ここに大きな壁があります。
最先端AIの学習には巨大なデータセンターが必要となり、電力消費も莫大です。AIをさらに賢くしたいからといって、計算資源を無限に増やすことはできません。
現在のAIの限界の一つは、知能そのものではなく、計算という物理的制約にあります。
では、その計算の前提そのものを変える技術が登場したらどうなるでしょうか。
そこで量子コンピュータが登場します。
「宇宙の年齢」を超える計算時間が数分になる
量子コンピュータが注目される理由は、単に「ものすごく速いコンピュータ」だからではありません。
通常のコンピュータとは計算原理そのものが違います。
従来のコンピュータは0か1のビットで計算します。それに対して量子コンピュータでは、量子重ね合わせや干渉などの性質を利用します。
その結果、特定の問題については、従来のコンピュータでは現実的に到達できない計算領域へ入れる可能性があります。
ここで重要なのは、
「計算が100倍、1000倍速くなる」
という延長線上の話ではないことです。
これまで「計算できない」と考えていたものが「計算できる」に変わる可能性があります。
そして、この能力をAIに接続したら何が起こるでしょうか。
AI開発で最も高価なのは「失敗」である
研究開発には試行錯誤が必要です。
仮説を立てる。
作る。
試す。
失敗する。
原因を分析する。
改良する。
そして、もう一度試す。
科学の進歩とは、ある意味ではこのループを何度回せるかの競争です。
ところが一回の試行に数か月、数億円が必要なら、試せる仮説の数には限界があります。
もし計算能力が飛躍的に高まり、
数か月かかっていた試行錯誤を一晩で回せる
ようになったらどうでしょう。
失敗がなくなるわけではありません。
むしろ逆です。
失敗できる回数が爆発的に増える。
これは非常に重要です。
科学を加速するのは「一度で正解する能力」だけではありません。
間違えるコストを下げることでもあるからです。
昨日のAIが一晩かけて数百万の仮説を試し、翌朝には改良されたAIになる。
さらにそのAIが次の実験を設計する。
そうなれば、研究開発の時間軸そのものが変わります。
さらに大きいのは「自然を計算する」という発想
量子コンピュータには、AI以上に重要かもしれない用途があります。
物質そのもののシミュレーションです。
自然界は量子力学によって動いています。
ならば、量子的な世界を古典コンピュータで近似するのではなく、量子を量子によって計算するという発想が出てきます。
ここから状況は一段変わります。
AIが仮説を作る。
量子コンピュータが物質をシミュレーションする。
結果をAIへ戻す。
AIが次の仮説を作る。
これが高速で繰り返されるようになれば、新素材、創薬、エネルギー、核融合、超伝導などの研究速度が大きく変わる可能性があります。
従来、
人間 → 仮説 → 実験 → 観測 → 人間
だった科学研究が、
AI → 仮説 → 量子シミュレーション → 結果 → AI
というデジタルループへ移行する可能性があるからです。
人間は、そのループのすべてに常駐する必要がなくなります。
そして、最も重要なループが始まる
ここまでは「AIが科学をする」という話です。
しかし、本当に大きな転換点はその先にあります。
AIが研究する対象を、量子コンピュータそのものにしたらどうなるでしょう。
AIが、より高性能な量子コンピュータを設計する。
新しい量子コンピュータによって、さらに高度なAIを作る。
そのAIが、さらに優れた量子コンピュータを設計する。
すると、
AI
↓
より優れた量子コンピュータ
↓
より優れたAI
↓
さらに優れた量子コンピュータ
↓
……
という自己強化ループが成立します。
ここで初めて、I. J. Goodが60年以上前に予想した「知能爆発」という概念が、単なる哲学ではなく工学上の問題として見えてきます。
ただし、「あとは繋ぐだけ」ではない
ここで注意が必要です。
この未来はまだ実現していません。
現在の量子コンピュータには、量子ビットのエラー、誤り訂正、スケーラビリティ、入出力、実用的アルゴリズムなど、巨大な技術的課題があります。
そして何より重要なのは、
量子コンピュータが特定の計算で圧倒的に速いことと、AI学習そのものを圧倒的に高速化できることは同じではありません。
ここを飛ばしてはいけません。
AIが優れた量子コンピュータを自律的に設計できることも、その設計を現実の装置として製造できることも、さらにそれによってAI自身が際限なく賢くなることも、現時点では証明されていません。
したがって、
量子コンピュータ → AI高速化 → 自己改良 → 知能爆発
という一本の因果鎖が確立したわけではありません。
現在存在しているのは、鎖を構成するいくつかの輪です。
輪と輪の間には、まだ大きな空白があります。
それでも、60年前とは決定的に違う
Goodが1965年にこの未来を予想したとき、生成AIも量子コンピュータも存在していませんでした。
現在は違います。
AIは存在する。
量子コンピュータも存在する。
AIによるコード生成も存在する。
AIによる科学研究支援も始まっている。
量子シミュレーションの研究も進んでいる。
量子誤り訂正も研究されている。
つまり、予言を構成する「部品」は、少なくとも概念だけではなくなっています。
問題は、それらが一本の閉じたループとして接続されるかです。
そして、もし接続されたなら、その瞬間に重要になるのはAI単体の性能ではないでしょう。
AIがAIを作る。
AIが計算機を作る。
その計算機がさらにAIを強くする。
この循環を誰が、どのような基準で制御するのかという問題になります。
人類最後の発明となるか
AI+量子コンピュータが「人類最後の発明」になるか。
答えは、まだ分かりません。
しかし、少なくとも一つだけ興味深いことがあります。
これまで人間は、道具を発明してきました。
石器を作り、蒸気機関を作り、電気を使い、コンピュータを作りました。
どれほど優れた道具であっても、次の道具を考える主体は人間でした。
ところがAI+量子コンピュータが目指す地点には、その前提を初めて崩す可能性があります。
「道具を作る道具」が、「次の道具そのものを考える」。
そこまで到達したとき、発明の歴史に一つの境界線が引かれるかもしれません。
人類が発明を続けてきた時代から、
人類が作ったものが発明を続ける時代へ。
人類最後の発明とは、人類最後の技術という意味ではありません。
むしろ逆です。
人間が発明しなくても、発明が続いていく仕組みを発明すること。
もしI. J. Goodの予言が実現するとすれば、その意味なのだと思います。
そして今、その未来について60年前とは違うことが一つあります。
材料のいくつかは、すでに私たちの目の前にあるということです。
