AIは、誰でも使えるようになりました。

文章作成、情報整理、企画、分析、資料作成。
以前なら専門家に依頼していた作業も、生成AIを使えば、一定水準までは誰でも短時間で実行できます。

そのため、これからは「AIを使える人」が特別ではなくなると言われています。

しかし、本当にそうでしょうか。

私はむしろ、AIの普及は均質化ではなく、新しい二極化を生むと考えています。

それは、

AIを使う人と、AIを使う人を使う人

の二極化です。

「自分でもできる」が、実際にはやらない

AIを使わない人の多くは、AIを難しいと思っているわけではありません。

「やろうと思えばできる」
「必要になれば使える」
「自分でやってもいい」

そう考えています。

しかし、実際には使いません。

そのため、AIを日常的に使っている人が近くにいると、こうなります。

「自分でAIを使うほどでもないので、とりあえずあの人に頼もう」

依頼する側から見れば、合理的です。

自分で試行錯誤するよりも、慣れている人に依頼した方が早く、質も高いからです。

こうして、AIを使う人の周囲には、AIを使う人を使う人が増えていきます。

AI活用を促進する人が、周囲のAI活用を代替する

一見すると、AIを使う人が組織にいることは、AI活用の普及につながるように見えます。

しかし、逆の現象も起こり得ます。

AIを使う人が成果を出せば出すほど、周囲は自分でAIを使う必要がなくなるのです。

相談内容を送れば、文章になって返ってくる。
データを渡せば、分析結果が返ってくる。
アイデアを話せば、企画書になって返ってくる。

AIを使う人は、次第に「入力すれば成果が返ってくる存在」になります。

その内部で、

何を問い、
どこを疑い、
何を修正し、
どこに専門判断を加えたのか。

それらは、依頼者からはほとんど見えません。

結果として、AIを使う人は周囲の能力を高めるのではなく、周囲がAIを使わなくても済む環境を作ることになります。

差は、操作技術ではなく累積経験から生まれる

この二極化は、AIの操作が上手か下手かという単純な話ではありません。

重要なのは、AIを日常的に使うことで経験が累積することです。

AIを使う人は、使うたびに学びます。

どのように依頼すればよいのか。
どの出力は信用できるのか。
どこで誤るのか。
どこまで任せられるのか。
人間が判断すべき部分はどこか。

そして、より複雑な仕事にAIを使えるようになります。

一方で、AIを使う人に依頼する側は、成果だけを受け取ります。

短期的には効率的です。
しかし、AIとの試行錯誤を経験しないため、利用能力は蓄積しません。

その結果、時間が経つほど差が広がります。

AIを使う人は、さらに高度な仕事を短時間で処理できるようになる。

AIを使う人を使う人は、さらにその人へ依存するようになる。

これは、知識格差というより、経験の累積格差です。

「誰でも使える」は、格差がなくなることを意味しない

AIは確かに誰でも使えます。

むしろ、誰でも使えるからこそ、

使い続ける人と、
使えると思いながら使わない人

の差が、見えにくいまま広がっていきます。

将来、価値を持つのは誰か

これから価値を持つのは、単にAIを操作できる人ではありません。

AIを使って、

曖昧な問題を整理し、
問いを設定し、
出力を検証し、
現実の意思決定につなげられる人です。

ただし、その人が個別依頼を受け続けるだけでは、依存される側にとどまります。

重要なのは、自分のAI活用を、「AIを使う人」から、「AIを使う仕組みを持つ人」へ移行できるか。

ここが、大きな分岐点になります。

AI時代の二極化

AI時代の二極化は、AIを使える人と、使えない人ではありません。

AIを使って経験と成果を蓄積する人と、
AIを使う人に依頼し、成果だけを受け取る人

の二極化です。

そしてこの差は、AIが普及するほど小さくなるのではなく、むしろ広がる可能性があります。

誰でもAIを使える時代は、全員がAIを使いこなす時代ではありません。

一部の人がAIによって大きく拡張され、多くの人が、その人を使う時代です。

自分がAIを使う側に立つのか。それとも、AIを使う人を使う側にとどまるのか。

その選択の差は、数年後、想像以上に大きな差になるのではないでしょうか。