工場排煙による健康被害、公害訴訟、薬害問題、交通事故、医療事故。
これらの事件・事故では、最終的に必ず問われる論点があります。
「本当に因果関係はあったのか?」
です。
しかし、ここで興味深い問題があります。
現在の統計解析の多くは、平均値や発症率、有意差検定などの「要約統計量」を基盤としています。
例えば、
- 排煙地域の発症率は高かったか
- 廃液曝露群と非曝露群に有意差はあるか
- 相関係数は有意か
といった分析です。
もちろん重要な手法です。
しかし、これだけで因果関係を説明することは容易ではありません。
なぜなら、現実世界では人によって曝露量が異なり、年齢や既往歴も異なり、生活環境も異なるからです。
平均化した瞬間に、
「誰に、どの条件で、どのような経路を通じて影響が生じたのか」
という因果の構造が見えなくなります。
因果推論が求めているもの
近年の疫学や因果推論の分野では、単なる相関ではなく、
「どの経路で結果が生じたのか」
を明示する考え方が重視されています。
その代表例がDAG(Directed Acyclic Graph:有向非巡回グラフ)です。
DAGは、
- 何が原因か
- 何が結果か
- 何が交絡因子か
- 何が媒介因子か
を構造として記述し、因果関係を整理するための枠組みとして広く用いられています。
例えば、
工場排煙
↓
大気汚染
↓
曝露量増加
↓
生体反応
↓
疾患発症
という因果経路を明示できます。
DAGの価値は、単に図を描くことではありません。
どの変数を調整すべきか、どこにバイアスが存在するかを論理的に整理し、因果解釈を支援できる点にあります。
DSA+DAGが補完するもの
しかし、DAGだけでは十分ではありません。
DAGは因果構造を表現できますが、
「その構造が実際のデータでどのように現れているのか」
までは示してくれません。
ここでDSA(Distribution Structure Analysis)の意義が生まれます。
DSAの視点では、
平均値ではなく、
- 分布
- 個体差
- 反応パターン
- 異質性
そのものに注目します。
つまり、
「被害者群」と「非被害者群」を平均で比較するのではなく、
どの条件下で反応が集中し、どの条件下では反応が起きないのか
を構造として捉えようとします。
「差があるか」から「なぜ起きたか」へ
従来統計の中心的な問いは、
「差があるか」
です。
一方、DSA+DAGが目指す問いは、
「なぜ起きたのか」
です。
- 誰が影響を受けたのか
- なぜその人だけが影響を受けたのか
- どの経路で影響が伝播したのか
- どの条件が揃ったときに結果が発生したのか
を解析対象とします。
これは事件・事故の原因究明だけではありません。
医療、創薬、安全工学、品質管理、政策評価など、因果関係を説明する必要があるあらゆる分野に共通する課題です。
AI時代に求められる因果の再構築
AIは膨大なデータからパターンを発見できます。
しかし、
相関を見つけることと、因果を説明することは別問題です。
近年の因果推論研究でも、DAGを用いて因果構造を明示し、その上でデータを解釈する重要性が繰り返し指摘されています。
事件や事故の真相解明において本当に求められるのは、
「平均として差があった」
という結論ではなく、
「なぜその結果が生じたのかを説明できること」
ではないでしょうか。
DSA+DAGは、因果を自動的に証明する手法ではありません。
しかし、
平均から構造へ、相関から因果へ、結果からメカニズムへ。
その方向へ進むための一つの学術的アプローチとして、大きな可能性を持っていると考えています。
