以前、MBAを取得したいと思った時期がありました。

しかし、その一方で、ずっと引っかかっていたことがあります。

「戦後の高度経済成長期を中心に提唱された経営フレームワークを、今から学ぶことにどこまで意味があるのだろうか?」

アンゾフの成長マトリクス、PPM、SWOT、4P、STP、Five Forces、バリューチェーン。

もちろん、これらは経営を体系的に考えるうえで大きな功績を残しました。現在でも思考を整理する道具として十分に有効です。

それでもMBA取得には至りませんでした。

そして2026年、生成AIがここまで急速に社会へ入り込んできたことで、当時抱いていた疑問はむしろ強くなっています。

では、もし2026年の今、過去のMBAを前提とせず、MBAという学問体系をゼロから設計するとしたら、何を教えるべきなのでしょうか。

フレームワークを「使う」ことの価値が変わった

従来のMBA教育では、企業や市場を分析するためのフレームワークを学び、それをケースに適用することが重要な訓練でした。

しかし生成AIに企業情報や市場環境を与えれば、

「SWOT分析してください」

「Five Forcesで分析してください」

「アンゾフのマトリクスで成長戦略を整理してください」

と指示するだけで、それらしい分析結果が数十秒で生成されます。

つまり、フレームワークを知っていること、そしてフレームワークに情報を当てはめること自体の希少価値は急速に低下しています。

だからといって、経営学が不要になったわけではありません。

むしろ逆です。

必要なのは、

「どのフレームワークを使うか」ではなく、「そのフレームワークが成立している前提条件は、現在も成立しているのか」を考える能力

ではないでしょうか。

AIは分析手段ではなく、経営環境そのものを変える

AIについて議論すると、「AIを経営にどう活用するか」という話になりがちです。

しかし、本当に重要なのはそこではありません。

AIは経営分析を効率化するツールであると同時に、企業を取り巻く前提条件そのものを変えています。

例えば、新しい事業を始めるには、かつては多くの人材、資本、時間、専門知識が必要でした。

現在では市場調査、競合分析、プログラミング、デザイン、翻訳、資料作成、マーケティング、データ分析など、これまで複数の専門家が担っていた仕事の一部をAIが支援できます。

すると当然、

「規模の経済とは何か」

「参入障壁とは何か」

「企業規模とは何か」

「専門性とは何か」

「競争優位とは何か」

という経営学の基本概念まで再検討する必要が出てきます。

これは単なるDXではありません。

経営学が前提としてきた「企業」という存在そのものが変化し始めているのです。

例えばアンゾフのマトリクスをどう教えるか

アンゾフの成長マトリクスでは一般に、

既存製品×既存市場
新製品×既存市場
既存製品×新市場
新製品×新市場

と進むほど、不確実性が高くなると考えます。

特に「新製品×新市場」の多角化は、最もリスクの高い領域です。

これは今でも重要な考え方です。

しかし2026年のMBAなら、そこで授業を終えてはいけないと思います。

次に学生へ問うべきです。

「なぜ、新製品×新市場はリスクが高かったのか?」

製品開発費が高い。

市場情報が不足している。

専門人材を集める必要がある。

販売チャネルを構築しなければならない。

試行錯誤に時間と資金がかかる。

では、その一部をAIが劇的に低コスト化したらどうなるでしょうか。

アンゾフのマトリクスを暗記するのではなく、アンゾフが成立した因果構造を分解し、現在もその構造が維持されているのかを検証する。

こちらの方が、2026年の経営教育には重要だと思います。

2026年版MBAで教えるべきもの

もし私が2026年にMBAをゼロから設計するなら、中心に置くのは「経営フレームワーク集」ではありません。

第一に、前提条件を疑う能力です。

ある理論が、どのような市場、技術、資本、人材、情報環境を前提として成立しているのか。それを分解する訓練です。

第二に、因果を考える能力です。

売上が伸びた。広告を増やした。AIを導入した。

これらが同時に起きたからといって、AI導入が売上を増やしたとは限りません。

経営者は大量の相関の中から意思決定を迫られます。だからこそ、統計学だけではなく、因果推論を経営教育の中心に置く必要があります。

第三に、AIと人間の役割分担を設計する能力です。

AIに何を任せるのか。

人間はどこで判断するのか。

どの判断には人間の承認を残すのか。

AIの出力をどこまで信用し、どこから監査するのか。

これはIT教育ではありません。これからの組織設計そのものです。

第四に、不確実性の中で意思決定する能力です。

未来を正確に予測することではありません。

予測が外れることを前提として、

「どこまで損失を許容するか」

「何が起きたら撤退するか」

「どの条件なら追加投資するか」

を事前に設計する能力です。

そして第五に、既存の経営理論を書き換える能力です。

ここが最も重要かもしれません。

MBAは「正解を学ぶ場所」から「正解を疑う場所」へ

私は、古典的な経営理論を捨てるべきだとは思いません。

むしろ学ぶべきです。

ただし、

「アンゾフはこう言っている」

「ポーターはこう分類している」

で終わってはいけない。

なぜ、その理論はその時代に成立したのか。

2026年にも、その前提は成立しているのか。

AIによって何が変わったのか。

変わったのであれば、理論をどう書き換えるべきなのか。

そこまでを一つの授業にする。

それがAI時代のMBAではないでしょうか。

しかし、既存のビジネススクールは変われるのか

ここでもう一つ、現実的な問題があります。

仮に「2026年版MBA」の姿が見えたとしても、既存のビジネススクールがそこまで大胆にカリキュラムを変更できるのでしょうか。

これは簡単ではないと思います。

既存校には、長年蓄積してきた教授陣の専門領域、シラバス、ケース教材、評価制度、学位制度、卒業生ネットワーク、企業との関係、そしてブランドがあります。

これらは大きな資産です。

しかし同時に、大規模な変革を難しくする構造でもあります。

例えば、従来のMBAに「生成AI」「データサイエンス」「DX」といった新しい科目を追加することはできます。

しかし、それは、

「従来のMBA+AI」

であって、

「AIが存在することを前提として、経営学そのものをゼロから再設計する」

こととは違います。

ここには大きな差があります。

新規参入するビジネススクールには、逆に優位性がある

一方、新規参入者には守るべき既存カリキュラムがありません。

だからこそ、最初から、

経営原論
AI
データ
因果推論
意思決定
戦略
実験
ガバナンス

を一つの体系として設計することができます。

そして、教育方法そのものも変えられます。

例えばAIが数十秒でSWOT分析を作れる時代に、学生へSWOT分析を作らせ、それを採点することにどれほど意味があるでしょうか。

むしろ、

「AIが作成したSWOTの前提条件を批判せよ」

「見落としている変数を指摘せよ」

「そこに示された相関を因果関係として採用できるか判定せよ」

「この分析を根拠に1,000万円を投資するとしたら、何を追加検証するか」

と問う方が、経営者教育としてははるかに実践的です。

つまり、

AIを使わないことで人間の能力を測るのではなく、AIを最大限使わせたうえで、それでも人間に残る能力を評価する。

これが新しいビジネススクールの一つの姿かもしれません。

新しい競争優位は「何を教えるか」だけではない

もちろん、新規参入すれば既存の有力ビジネススクールに勝てるほど単純ではありません。

既存校には学位としての信用、ブランド、教授陣、企業とのネットワーク、卒業生コミュニティという強力な資産があります。

新規参入者が同じ土俵で競争しても簡単には勝てません。

しかし、AI時代には別の競争軸が生まれる可能性があります。

それが、

「カリキュラムをどれだけ速く更新できるか」

です。

技術、市場、企業、働き方が数年単位、場合によっては数か月単位で変化するのであれば、完成された経営知識を何年間も同じ形で教えるモデルそのものが問われます。

新しいビジネススクールは、「完成された経営理論を教える学校」ではなく、

「経営環境の変化に合わせて、経営理論そのものを継続的に更新する学校」

になるかもしれません。

そう考えると、ビジネススクール自身が非常に興味深いケーススタディになります。

既存の強者にはブランド、資本、人材、ネットワークがある。

しかし、それらの資産が既存モデルへの依存を強める。

一方、新規参入者には資産がない代わりに、過去のモデルを守る必要もない。

これは、経営学が長年教えてきた「イノベーションのジレンマ」が、経営学を教えるビジネススクール自身に突きつけられているとも言えるでしょう。

AI時代に必要なのは「フレームの外側」を考える能力

生成AIは、既存の知識を検索し、整理し、組み合わせ、既存のフレームワークに当てはめる能力を急速に高めています。

だから人間には、その一段上の仕事が求められるようになります。

「そもそも、そのフレームで考えてよいのか?」

と問うことです。

これは経営学だけの問題ではありません。

AIが知識労働へ進出するほど、教育そのものが「既存の正解を習得すること」から「既存の正解が成立する条件を検証すること」へ変わっていくのではないでしょうか。

かつてMBAを取得しようかと考えながら、私は、

「今から昔のフレームワークを学ぶことに、どれほど意味があるのだろう」

と疑問を持ちました。

2026年の今なら、その問いに少し違った答えを出します。

古いフレームワークを学ぶことに意味がないのではない。

それを普遍的な正解として学ぶことに、意味がなくなりつつある。

もし2026年にMBAをゼロから作るなら、教えるべきなのは「経営の正解」ではありません。

正解が成立している前提を見抜き、AIによってその前提が変わったとき、自ら経営理論を書き換える能力。

そして、その教育を最初に実現するのは、既存の有名ビジネススクールではないかもしれません。

過去のMBAを持たないこと自体を強みにできる、新しいビジネススクールなのかもしれないのです。