製薬マーケティングでは、Large Behavioral Model(LBM)を活用し、患者や医師のデジタル行動から潜在ニーズや将来の意思決定を予測する「リアルペルソナ」という考え方が登場しています。

従来のペルソナは、年齢、診療科、施設規模、処方傾向、アンケートなどから、「典型的な医師」「典型的な患者」を描いてきました。

LBMはそこを大きく変えます。検索、閲覧、情報接触、その順序や変化など、膨大な行動シグナルから人物を捉える。確かに、従来よりはるかに「リアル」に見えます。

しかし、最後にペルソナへ落とし込むのであれば、結局また「平均的な誰か」を作っているのではないでしょうか。

100人の医師には100通りの行動があります。そこから高度なAIを使って「新薬への関心は高いが、安全性を重視する専門医」といった人物像を作れば、入力情報は格段に豊かになっても、最後には多様な100人を一つの代表像へ圧縮しています。

これは、平均値だけを見てデータを理解したつもりになることと、構造的にはよく似ています。

重要なのは、平均を使うか使わないかではありません。

要約することで、何が消えたのか。

同じペルソナに分類された医師の中にも、まったく異なる行動群が存在するかもしれません。多数派とは逆の動きをする少数群もいるかもしれない。さらに同じ行動をしていても、その理由まで同じとは限りません。

もう一つ注意したいのが、「予測」と「介入」の違いです。

ある行動を示した医師が、その後ある薬剤を処方する確率が高いと予測できたとしても、その医師に特定の情報を提供すれば処方が増える、とは限りません。

「次に何をしそうか」と「何をすれば行動が変わるか」は別の問いです。

前者は予測、後者は因果です。

LBMによって私たちは、人間をこれまで以上に高解像度で観察できるようになるでしょう。しかし、観察精度が上がることと、その人を理解できることは同義ではありません。

むしろデータが豊富になるほど、

個人の多様性をどこまで保持しているのか。
どこで代表像へ圧縮したのか。
予測から介入へ飛躍していないか。

を問う必要があります。

「リアルペルソナ」が本当に新しいのか。

その答えは、ペルソナがどれほど精巧に作られているかではなく、ペルソナを作る過程で失われた情報まで見えているかにあるのかもしれません。