「コーヒーを飲む人は、飲まない人より脳卒中が少ない」

このような研究結果を見ると、多くの人は自然とこう解釈します。

「コーヒーには、脳卒中を予防する効果があるから飲んだ方が良さそうだ」

しかし、観察された関連と、因果関係は同じではありません。

有名な例に、「アイスクリームが売れると水難事故が増える」という話があります。

アイスクリームが水難事故を起こしているわけではありません。気温が高くなることで、アイスクリームの販売も増え、海や川で遊ぶ人も増える。その結果として、水難事故も増えます。

両者の背後にある共通原因は「暑さ」です。

コーヒーと脳卒中の関係にも、同じ問題が潜んでいます。

コーヒーを適度に飲む人は、飲まない人と比べて、健康状態、生活習慣、所得、教育歴、運動習慣、社会活動などが異なるかもしれません。

反対に、高血圧、不整脈、睡眠障害、心血管疾患などを持つ人が、体調や医師の指示によってコーヒーを控えている可能性もあります。

この場合、

「コーヒーを飲まないから脳卒中が増えた」

のではなく、

「もともと脳卒中リスクが高い人がコーヒーを飲まなくなった」

という逆因果かもしれません。

もちろん、コーヒーにはポリフェノールなどの成分が含まれており、生理学的な作用機序を想定することはできます。

しかし、作用機序が考えられることと、実際に脳卒中を予防することが証明されたことも、また別の話です。

多くの観察研究で同じ傾向が再現されたとしても、それだけで因果性が確定するわけではありません。

同じ交絡構造を持った研究を多数集めれば、結果の再現性は高まります。しかし、それは「相関が繰り返し観察された」ことを意味するのであって、「原因であることが証明された」こととは異なります。

したがって、科学的に慎重な表現は、

「適度なコーヒー摂取者では、脳卒中発症率が低い傾向が観察されている」です。

一方、

「コーヒーを飲めば脳卒中が予防できる」

と表現した瞬間に、観察研究の結果を介入効果へと置き換えています。

ここに、現在の医療・健康情報が抱える大きな問題があります。

研究では「関連が認められた」と書かれていても、報道では「効果がある」に変わり、SNSでは「飲めば予防できる」にまで変換されます。

相関、予測、因果、介入効果。

これらは似ているようで、意味はまったく異なります。

必要なのは、単にリスク比を見ることではありません。

年齢、喫煙、飲酒、血圧、睡眠、所得、持病、服薬、コーヒーを控えるに至った経路などを整理し、

「どの変数が原因で、どの変数が結果で、どこに交絡が存在するのか」

を構造として検討する必要があります。

コーヒーと脳卒中の研究が示しているのは、コーヒーの効能だけではありません。

それ以上に重要なのは、私たちがどれほど簡単に「相関」を「原因」へと読み替えてしまうかということです。

問うべきなのは、

「コーヒーを飲む人の脳卒中が少ないか」

だけではありません。

「コーヒーを飲まなかった同じ人が、もしコーヒーを飲んでいたなら、脳卒中リスクは本当に下がったのか」

この反実仮想に答えて初めて、因果性を論じることができます。

健康情報を見るときに必要なのは、結果を信じることではなく、その結果が生まれた構造を読むことです。